燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
33.繋ぎとめる
不意に、空気が掠れた。
神の結晶が、身体の中で脈打つのを感じる。
彼方から急速に引き戻される意識。
固く目を閉じ、浅く、深く、は呼吸を繰り返した。
何か重しが乗っているかのような、強い圧迫感。
拳を、硬く握り締める。
不規則な拍動が呼び起こす痛みに、堪らず声が漏れる。
「ん、ぁ……っ」
吐いた息が返ってこない。
瞼が作る闇の中で、世界が回る。
――コレを、取り去ることが出来たらいいのに
自由な左手を、胸元に伸ばす。
抉る気で胸を押さえたのに、服にすら力が及ばない。
何度もその上を指が滑った。
反対に、何処にそんな力が潜んでいたのか、右手は震える強さで拳を握る。
止むことの無い、激痛の奔流。
ぐっと眉を歪め、頭が痛くなるほどに目を瞑る。
薄く、涙が滲んだのが分かった。
震える手を、確かに握り返された。
「――――」
微かに音が聞こえる。
左手は無理矢理どこかに押し付けられて、掴む物を失った。
呼吸は楽にならない。
しかし、握り続けていた右手は、あれから急に軽くなったようだ。
は薄く目を開けた。
目まぐるしく動く白い服の人影。
壮年のドクターが、自分を覗いている。
「大丈夫だよ。落ち着いて、ゆっくり息をするんだ」
声を遠くに聞き、は一度目を瞑った。
再び瞼を開け、空を掴んだ右手を見ながら、出来るだけ長く、細く息をする。
「何でもいいからちゃんと食べてきなさい、分かったわね?」
「はいはい。分かってる分かってる」
婦長の言葉を笑って聞き流し、は病室を出た。
久しぶりに踏んだ床の感覚を楽しみながら、食堂に向かって階段を下りる。
ようやくその階に着いた時には、普段の倍は時間が経っていた。
近付くにつれて聞こえてくる喧騒。
その列に、あの影を見つける。
闇の中で、力をくれた手の主。
はふ、と笑みを浮かべ、呼びかけようと口を開いた。
手の主は誰?
(主人公18歳)
100606