燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









32.赦しの神









「オレは禁止した筈だったよな?」
「ごめんなさい……」

アレンが小さくなって謝る。
このやり取りを続けてかれこれ一時間。
クロスはどんどん縮こまっていく弟子を見下ろして、盛大に舌打ちをした。

「夜中だったんだろうが。何起こして家族の話なんかしてんだ、この馬鹿」
「……え、だって……」

口答えをしたので取り敢えずもうひと殴り。
理不尽という自覚はあるが、こうでもしなければ腹の虫が収まらない。
他でもなく、自分自身に対して。
アレンの左頬が既に赤く腫れあがっているが、気にも留めずにクロスは先を促した。

「だって……兄さん、まだ起きてたから」

アレンを殴り付けたことを、少しだけ後悔した。









夢を怖がって、が眠れないことは知っている。
安心できる人の前なら眠れるのに、他人を頼ることが出来ないのも、よく知っている。
だからこそ、晩酌に託つけて彼を部屋へ呼び、毎日ほんの一、二時間でも睡眠を摂らせていたのに。

「(朝、部屋に居ないのはそういうことだったのか)」

思えばここ何日か、クロスの方が先に眠りについていた。
そのせいで一睡もしていないのを悟られまいと無理を通した揚句、悪夢を誘う言葉を耳にした結果が、これ。
アレンに罪は無い。
これは気付かなかった自分と、気付かせなかったが悪いのだ。

「……っ、ん……」

とはいえ、ようやく得た睡眠から覚めた彼を殴る気は流石に起きず。
クロスは小さな溜め息をつくにとどめた。



虚ろな瞳が彷徨う。
しかし、うなされていなかったのだから、珍しく夢も見ずに眠っていた筈だ。



もう一度名を呼べば、彼は緩慢に瞬き、クロスを視界に収めた。
険しい表情を見て取ったのか、力無く苦笑する。

「……ごめんなさい」

クロスはこれみよがしに溜め息をつき、彼を睨みつけた。

「寝てないなら言えって言ったろ」
「ん……ごめん」
「ったく……」

軽く頭を叩き、クロスはベッドに腰掛ける。

「心配してたぞ」

誰が、とは言わなくても分かったのだろう。
は曖昧に微笑んだ。

「大、丈夫って……言って、おい、て……」

言いながら、彼は再びまどろみ始める。
身構えるかのように、無意識に布団を握り締める手が、悲しい。

「お前が言わないでどうする」

の耳には、もう届いていない。
今度は先程の眠りよりも随分浅いものになるだろう。
それはクロスが傍らを離れれば、すぐに目覚めてしまうほど。
体は休息を求めているのに、記憶は、彼が自身を苛む心は、決して安眠を許さない。
楽しかった記憶も、心は悪夢としてそれを呼び起こす。
黒の教団の誰もが知らない、深い闇。



「(何が『赦しの神』だ)」



――彼が、本当に全てを赦せるのならば、








(主人公15歳)

100516