燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
30.彼が紡いだ世界の話
新しい村。
少女は、新しい孤児院の前で馬車を下ろされた。
白い服の男性が、孤児院の世話役と話をしている。
煌めく陽光。
足元には綺麗な百合の花。
前の村に、今年の百合は、咲かなかった。
昨日、孤児院は、得体の知れないモノ――それはアクマと言うのだと、青年は教えてくれた――に襲われた。
青年に救われ、一人生き残った少女に、白い服の男性は何度も「奇跡だ」と繰り返した。
少女は、ただ哀しかった。
背後で土を踏む音がした。
少女は彼に顔を向けず、足元の百合を見たまま、独り言のように言った。
「どうして、助けたの……?」
「……嫌だった?」
「一度捨てられた命だもの、いつ死んでも、良かったのよ」
青年は、道中ずっとそうしていたように、少女の肩を抱いてくれた。
「だけど、拾われた命だ」
少女は青年を見上げた。
青年が、少女を抱きしめた。
「家族を、守れなくて……ごめんな」
心の隙間を、光が埋め尽くした気がした。
去来するのは、懐かしいあの日々。
「……こんなに哀しいのなら」
少女のこれまでの十二年の人生は、とても幸せだったと、胸を張って言える。
だからこそ。
「私も、皆と一緒に」
はたはたと地面に零れる雫。
「一緒に、死んでしまいたかった……」
少女は声を上げて泣いた。
季節は廻り、また百合が咲く頃。
孤児院に新しい仲間が来た。
家族を全て失った、男の子。
泣きじゃくる少年を、少女は抱きしめた。
あの金色を、少女の一年を支えた、彼の姿を、頭に浮かべて。
「私も、あなたも。私たちは、それぞれに違う一つの世界なのだと、私を救ってくれた人は言ったわ」
まだ覚えている、否、きっと永遠に忘れない、「世界」の話を。
少年へ、紡ぐ。
「そして人は、誰かの世界の一部」
少年が顔を上げた。
泣き濡れた、以前の自分のような顔。
――彼らを失って、君が心に隙間を感じたように。
君が死んだら、俺の心には埋まらない隙間が出来るんだ
「生きていてくれて……ありがとう」
少女は微笑む。
少女の世界に訪れた、一つの世界を、守るために。
「これからは私たちが、一緒よ」
――生きて
少年の頬に伝った温かな涙を、少女は拭った。
空気を纏う微笑が、黄金色の、天の言葉が蘇る。
――別れの次に訪れる、出会いを待とう。
それは君の、新しい世界になる
煌めく陽光。
足元には綺麗な百合の花。
少女は笑った。
彼のように、空気を虜にすることは、叶わなかったけれど。
少女は、その輝きに救われたから。
「Enchante、Jean」
――Au revoir、Reine
「私の、新しい世界」
――君の幸せを、願うよ
※Reine(レーヌ)、Jean(ジャン)=オリキャラ
Enchante:はじめまして
Au revoir:さようなら
文字コードの都合で、綴りの一部を変更
(主人公18歳)
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