燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
03.ある朝の出来事
前方に、揺れる金色。
すれ違う人々に声を掛けられ、そのひとつひとつに応えながら歩いていく黒の団服。
ラビは、ニッと笑って駆け出し、その助走をもって、先行く背中に飛び付いた。
「! おっはよーさぁー」
「うわっ!」
不意にかかった重みに、珍しく驚いた声を上げながら、が肩越しに振り返った。
「衝撃的な挨拶をどうも。おはよ」
皮肉げな声、そして打って変わって明るい笑顔。
「こんな朝から会えるなんて珍しいな、どこ行くん?」
ぶら下がったまま聞けば、重い、と軽く叩かれた。
「ジェリーに会いに。昨日夜食いそびれたから腹減ってさ。ラビも食堂?」
苦笑気味の言葉に合わせて、の腹の虫が鳴く。
「そっ」
「ブックマンは?」
「じじぃはとっくに済ませてるさ。人の事置いていきやがってあのパンダ」
朝方蹴られた部分をさすると、が小さく吹き出した。
「寂しいんだ」
「心外さ!」
ここはしっかり訂正せねばなるまいと、ラビは躍起になって反論したが、の関心は既に他へ移っていた。
「あ、ユウ」
「そりゃないさ……」
溜め息ひとつ。ラビは気持ちを切り替えて、列に並ぶ同い年に大きく手を振った。
「ユーウー!」
神田が振り返った。
結わえた黒髪が不機嫌に揺れ、その背後から殺気が立ち上る。
「……ファーストネームで呼ぶなっつってんだろ馬鹿ウサギ」
「いやぁ……あはははは、ユウさん怖ぇさ」
そんな二人の空気を割って、が神田の手元を覗いた。
「ユウ、お前いつか髪の毛蕎麦になるぜ」
ラビと神田が、仲良くを凝視する。
一拍。
「あっはっはっはっは!」
「てめぇ……!」
腹を抱えて笑うラビと、腹の底から怒鳴る神田。
はそんな神田を見て吹き出す。
「だって三食蕎麦とか、明らかに摂取量おかしいって」
「だからって、んなことあるわけねーだろ馬鹿」
「あらーじゃなーい! ……って、やだもう喧嘩しないでよそんなとこで」
おたまを持ったジェリーが顔を出す。
ラビは未だ笑いの止まらないまま首を振った。
「喧嘩じゃないさ、ジェリーちゃん。俺Bセットで」
は、神田の視線を無かった事にしながら、ジェリーに笑いかける。
「おはよう、ジェリー。俺アップルパイ、ホールで八つ」
「お前も似たようなもんじゃねぇか。脳みそ林檎になるぞ」
ここぞとばかりに神田がの注文にケチをつける。
しかしはそれを鼻で笑った。
「本望だね。ていうかそんなこと起こらないってさっきユウが言ったし?」
「このやろ……」
再び神田が唸りを上げたところで、ラビはふと、気付いてしまった。
「あー、ユウ?」
「だからファーストネームで……」
「蕎麦、のびてっけど」
神田が手元を見る。
「……チッ」
盛大な舌打ちと共に、神田はお盆を持ってそこを離れた。
はその背に声をかける。
「ユウー、席取っといてー」
「自分でやれ!!」
「(あれ?)」
ラビは、アップルパイを受け取ってご満悦なと、なんだかんだで三人分空いているところに座った神田を見比べた。
「(名前のコト、怒らないんさ?)」
(主人公16歳)
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