燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
29.ココロ
気付けば、彼が横に居なかった。
「?」
クロスは少し慌てて辺りを見回す。
寒空の下、道の端に金色を見つけた。
黒のコートを地面に伏せ、しゃがみ込んでいる。
「風邪ひくぞ」
そう言って近付き、クロスは彼の視線の先を見た。
伏せられたコートの下で、今にも息絶えそうな年老いた犬が、微かに体を震わせている。
彼は犬の頭を撫でながら、無表情にクロスを見上げた。
「助けてあげられない?」
クロスはもう一度犬を見る。
老衰のようで、今夜の月の出る頃には、もう息は無いだろう。
彼に目を合わせ、首を横に振った。
「……そう」
答えたきりは俯き、黙って犬を撫で続ける。
変わらない、表情。
「いつまで……」
「こいつ、捨て犬なんだって」
強い調子で、が言葉を遮った。
「誰に聞いたんだそんなこと」
「通り掛かりのおばさん」
クロスは横に片膝をつく。
「……こいつが死ぬまで、ここに居る気か?」
しばらく、彼は何も言わずに黙っていた。
やがて呟いた。
「だって誰にも送ってもらえないなんて」
無表情だったが、僅かに顔を歪めた。
「……可哀相だよ……」
ほろほろと頬を伝った涙。
まだ心は死んでなかったか、とクロスは少しだけ驚き、そして安堵した。
の頭を軽く撫でる。
「俺も一緒に送ってやろう」
立ち上がり横の壁に凭れると、見上げたと目が合った。
あどけない顔に広がる、驚きの表情。
クロスは、ほんの少し笑い返してやった。
「仕方なく、だからな」
「……ありがと……」
時間が、動き出す。
(主人公9歳)
100404