燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









28.珍事









食堂から出たところで、神田は不吉な、そしてこの時間には珍しい姿を見つけた。
無視して通り過ぎると後で何をされるか分からないので、仕方なく声を掛ける。

「チッ……」
「ユウって舌打ちで人に声掛けんの?」

が呆れたように言った。
朝からよく口の回る奴だ、と呆れる。

「こんな朝早くから何やってんだ」

大仰に吊られた右腕に言及するより先に、神田は真っ先に心に浮かんだことを口にした。
何せ付き合いは長いのに、彼が神田の朝食の時間に起きていた回数は片手程なのだ。

「いやぁ、昨日色々あって。話がてらちょっと付き合って」
「は? ……ってオイ!」

無事な左手が神田を引きずっていく。
抗議の甲斐なく、神田は来た方向へ逆戻りさせられた。

「何なんだ」
「だって流石にこれじゃトレー運べない」
「他の奴に頼めよ。ってか元帥いるだろうが」

彼のペースにしっかり巻き込まれ、神田は引きずられたままで食堂に戻ってきてしまった。
が大きな溜め息をついた。

「師匠の名前は出すな。別に減るもんじゃ無いし、いいだろ?」
「俺の時間が減ることに気付け」
「あはは、駄々こねんなよ」
「それはテメェだ!」

いつものような下らない応酬。
喧騒の一歩手前で、微笑んだがふと呟く。



「他の人だと、余計な気遣わせるから」



確かに、がこのまま一人で食堂に入れば、周りがこぞって手を出すだろう。
心配されることは百歩譲って脇に置いて考えるとして。
こんな時に周りのお節介で一々足を止めるなんて、自分なら馬鹿らしくてやっていられない。
勿論、彼ならそうは思わないのだろうが。

「だけどお前は遠慮無いから、俺も気兼ねしないで済むしな」

それでも神田は、向けられた笑顔にほんの少しだけ感服した。









「……ところでお前それ褒めてんのか?けなしてんのか?」
「さぁ、どっちでしょう?」








(主人公15歳)

100315