燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
24.絶対
本部自慢の大浴場。
湯気の篭ったその脱衣所で、ティエドールは思わぬ偶然に眼鏡を拭いて目を凝らした。
「あれー? じゃないか」
「え? ……ティエドール元帥?」
髪から頬へ雫を伝わせながら、が目を丸くして振り返る。
ちょうどワイシャツを手に取ったところだったらしく、彼は袖を通して笑った。
「お久しぶりです。いつ本部へ?」
「ついさっき着いた所だよ。いやぁ、一年見ない間に背が伸びたね」
「あはは、ありがとうございます」
釦を止める彼の傍ら、ティエドールも籠を取った。
「今日はまともな入浴剤でしたよ」
「よかった。帰って来た日にえげつないお風呂はちょっと」
ですよね、と彼は相槌を打って、思い出したようにふと笑った。
「ついこの間のやつが酷くて……ユウとラビと、三人で司令室まで怒鳴り込みに行ったんです」
「ユー君なら分かるけど、キミが? どんなの作ったんだい? 科学班は」
「科学班じゃなくてコムイです。何かもう、紫と茶色が混ざったようなお湯が沸騰してて」
想像してしまい、ティエドールは眉を寄せた。
服を脱いでいる最中だからなのか、どうなのか、首筋が寒くなる。
が、ベルトを締めて肩を竦ませた。
「その名残で、岩がちょっと熔けてます」
「それは酷い!」
ティエドールは風呂へ続く扉を少し開け、中を確認した。
確かに、湯舟を形作る岩が所々熔けている。
振り返ったティエドールの曇った眼鏡を見て、が笑った。
暑いのだろう、彼は緩めたままの襟元をはためかせる。
少し細くなった顎。
元々彼はがっしりした体格では無かった。
しかし、それでも無駄なく付いていた筈の筋肉が、一年前よりも落ちたように思える。
ティエドールはをじっと見た。
「……クロスから、何か連絡はあった?」
「師匠から? 無いですけど……」
不思議そうにこちらを見たが、ぱっと表情を変え、悪戯に笑った。
「そういえば、ユウには会えました?」
「それがさぁ……部屋の扉に鍵掛けられちゃって。少しくらい甘えてくれたっていいのにねぇ……」
は苦笑し、団服と紅いネクタイをまとめて抱えた。
「開けるように脅しておきますね」
「うん、頼むよ」
ティエドールは、濡れた金髪を撫でた。
見上げるに、微笑む。
彼はふわ、と笑みを返し、脱衣所を出ていった。
一人残されて、ティエドールは大きな溜め息をついた。
「……あーもう」
赤髪の同僚を思い出す。
「肝心な時に側に居ないんだから……」
『キミの神様、貰っちゃうよ?』
いつも冗談のように言っていた言葉。
けれど。
「早く戻って来てあげなよ、クロス」
――キミじゃなきゃ、ダメなんだ
(主人公17歳)
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