燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









21.黒の教団壊滅未遂事件









シャツの釦を留めて、ベルトを締める。
腰には漆黒の銃。
は深紅のタイを手に取った。
欠伸を噛み殺す。
今日は三時間も寝ていたらしい。
寧ろ、寝過ぎて眠い。

「(飯食って、科学班……ん、ヘブラスカに会いに行こう)」

タイを締める。
後はベスト……と手を伸ばした時、ドアの外から派手な衝突音が聞こえた。
喧騒と、ぶつかり合う金属の音。
サイドテーブルで大人しくしていた通信ゴーレムが、鳴いた。

! 助けてぇ!』
「ジョニー? どうしたの?」
『わわっ! !! たたたた助け』

ガガッ

変な音を立てて通信が途絶えた。
ベストを放り投げてドアへ反転する。
吹き抜けが見える筈だったのに、開けた扉の外の景色は、こちらに飛ばされる神田ユウの姿に占められていた。

「!!」
「!?」

避ける暇も受け身をとる暇もなく、二人はの部屋の中まで吹き飛んだ。
神田が勢いよく体の上から退く。

「悪ィ」
「ってぇ……何事?」
「チッ、コムリンだ」

聞き慣れたような、聞き慣れないような単語が頭に残る。

「コム、リン?」
「コムイが造ったロボット。アイツ……」

部屋の外、吹き抜け部分に、得体の知れないボディが輝いている。
殺気立った神田が六幻を構えて床を蹴った。

「オレの蕎麦食いやがった!」
「蕎麦かよ」

飛び出した神田に肩を落とす。
は洋箪笥の引き出しから、久しく触っていなかった普通の拳銃を取り出した。
いくらコムイが製作者だとしても、たかがロボットなら、福音を使う必要も無いだろう。

「あー、あー。誰か聞こえてる?」

ゴーレムに呼び掛けると、微かな反応があった。

!?』
「兄貴か、電波悪いな……これもコムリンのせい?」
『ああ、ゴーレム壊されかけてな』
「電波の問題じゃないんだね」

部屋を出ると、吹き抜けの昇降機に科学班員が固まっているのが見えた。

「あ、見えた。そこ危なくない?」
『どこ行っても危ないんだよ。おい、が起きてたぞ!』

その報告の仕方は無いだろう。
そしてそこで歓声を上げられるのも、少し複雑な心境だ。
は苦笑して肩を伸ばした。
一心不乱に神田を追っていたコムリンがこちらを向く。

……」
「そうだよコムリン」

通じているかどうか分からないが、とりあえず笑みを返した。

「ちょっと俺と遊ぼうか」









甘く見ていた。
流石、コムイが造ったロボットだ。
普通の銃弾では全く歯が立たず、福音を抜きながら、は昇降機の手摺りに降り立った。
締めたばかりのタイを緩め、襟の釦を開ける。

!」
ー!」

科学班がこちらに寄ってくる。

「ちょっ、傾くから! 全員来なくたっていいから!」
「悪い悪い! おいお前ら下がれ!」

しっしっ、とリーバーが手を振った。
吹き抜けの向こうでは神田とコムリンが睨み合ったまま、相手の動きを窺っている。

「なぁ兄貴」
「ん?」
「コムイは?」
「此処に居るならとっくに生贄にしてる」
「……そうだよね」

福音を両手で構えた。

――回転――

歯車が回り出す。
こちらを向いたコムリンが動き出す前に、引き金を引いた。

――凍結弾――

「うっそ」

避けられた。
きちんと、避けた場合の進路まで考えた上で撃ったのに。
代わりに向こうの柵が凍って砕ける。
は昇降機から廊下の手摺りへ飛び移った。

!?」

リーバーの驚いた声が聞こえるが、構っている余裕は無い。
そのまま、下の階へ上手く体を滑り込ませる。
振り返ると、向かってくるコムリン。
その後ろに一幻の構えをとる神田。
目が合った。
も銃を構える。

「(どっちか当たれよ)福音!」

――凍結弾!――









「っあー、何だよあれ……ホントにロボット?」
「チッ、化け物の間違いじゃねぇのか?」
「ごめんな、二人とも」

は林檎をかじりながら、神田は蕎麦を啜りながら、二人は科学班で朝食を摂っていた。
班員は建物の修理の為出払っていて、リーバーだけがそこに残っている。
は苦笑した。

「兄貴のせいじゃないし」

珍しく神田が横で頷いていた。

「(蕎麦恵んでくれる人には懐くのか)」

惨劇が起こっている食堂に頼み込んで、リーバーは蕎麦と林檎を貰って来たのだ。

「ま、食堂壊れたのは痛いけど」
「チッ……鍛練の時間も減らしやがって」
「でもボクも皆に楽してもらおうと思って造ったんだよ」
「さっきので賄ったと思えばいいじゃん」
「うるせぇ、お前後で付き合……」

と神田、リーバーは部屋の隅に目をやった。
影の中、座り込む白い団服の男は、帽子を抱えていじけている。

「なのに皆してコムリン壊しちゃうしさ……あれ凄く頑張ってつくっ……」

は笑顔でコムイの肩に手を置いた。
その隣に、爽やかな笑顔でリーバーが佇む。
神田が静かに六幻を抜いた。

「え、あれ、ま、待って待って待って!」








(主人公14〜15歳)

091231