燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









18.黒白









スーマン・ダークは団服の内に潜めた家族の写真に思いを馳せた。
お守り代わりに妻から持たされた物だ。
戦争が終わるまで、決して会うことの叶わないヒト。
けれど、この場から逃げることは、出来ない。

「――マン、スーマン?」

横に目を遣ると、小柄な少年が自分を見上げていた。
娘のちょうど倍くらいの年頃だろうか。
年齢に見合わない穏やかな笑みを、彼は浮かべた。

「汽車、酔った? すごい難しい顔してるけど」

少年の名前は
この歳でクロスとかいう元帥の一番弟子らしく、こうしてスーマンの初任務のペアとなった。
ベテランのエクソシスト、ピエールによれば「お前は運が良い」そうだ。
こんな子供と組まされて、何が運が良いのか。
どうせならあなたがペアになってくれれば良いのに、と何度も頭で反芻していた。

「静かな街だね」
「アクマが出るので、住民も家に篭っているんでしょう」

が大通りを見回した。
二人の黒服の後ろで、探索部隊が答える。
スーマンも辺りを見た。
道の端から、小さな女の子がこちらを見ていた。

「どうしたんだ?」

思わず話しかけていた。
女の子は何も言わず、口の端を吊り上げてニタァ……と笑った。









何が起きたのか、理解が追い付かなかった。
女の子が、姿を歪ませながらこちらに、滑るように飛んでくる。
後ろから擦り抜けた風。
だ。
漆黒の銃を抜き放ち、茫然と立ち尽くすスーマンの前に出た。
女の子だった兵器が振り上げる、鎌のような鞭。
それが、目の前で振り下ろされる。
彼が後ろに吹き飛ばされるのと同時に、その銃口が火を噴いた。
全て、一瞬の出来事。



ドォォン……



アクマが赤々と炎を上げて燃える。
スーマンは、飛ばされたを受け止めるような体勢で目の前に上がった炎を見つめた。
ふと、手に濡れたものが触れて、スーマンははっとして腕の中を見る。

「おい……っ!?」

赤に濡れたと思っていた自分の手は真っ黒に染まっていた。
思わず後退る。
が息をついて、こちらを振り返った。
顔色は悪く、零れる黒が地面に広がっていく。
けれど彼は、先と寸分変わらぬ微笑みを見せた。

「怪我、無い?」
「お、まえ……っ!」
「俺は大丈夫」

突如周囲から物騒な音が聞こえた。
家々からぞろぞろと人が出てくる。
後ろから、探索部隊の怒ったような声が聞こえた。

「ダーク殿! 人間を見たら、アクマと思うように!」

そんな。
人間を守るのに、何故その人間を疑わなければならないんだ。
これでどうして「パパは世界を守っている」と言えようか。

「エクソ……シス、ト……」

歩いてくる住民の群れ。
が一歩前に出た。

「守りたいと、思えばいいんだよ」

小さな言葉。
スーマンは少年の背を見つめた。

「皆、守りたいって」

気が周囲に満ちる。
全てを包み込むような、圧倒的な空気。
スーマンの手に付いていた彼の血が浮かび上がる。

「そしたら、きっと聞こえるから」



――迷い込んだ山羊の、泣き声が



そう呟いて、彼は右手を握り締めた。
アクマを抱いた黒い球体が一回り小さくなって、彼が手を開くのと同時に、霧散した。

「主よ、――彼らに赦しを」

それが途方も無く儚い祈りに思えて、スーマンは空を仰ぎ、そっと目を閉じた。








※ピエール=オリキャラ
(主人公13歳)

091031