燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









17.うたたね









一向に終わらない化学式と格闘するリーバーの耳に、救いの声が入ってきた。

「コーヒー飲む人ー?」

悪いと思いつつ、顔を上げずに挙手する。
他の班員にコーヒーを配ったリナリーが、カップを二つ持って回ってきた。

「はい班長、お疲れ様」
「おー、ありがとな」

疲れた心に彼女の笑顔が眩しい。
一息つくリーバーの隣、の机にリナリーがカップを置いた。

「はい、お兄ちゃ……?」
「どうした?」

言葉の端に疑問符を浮かべたリナリーは、しっと口に指を当て、を見つめる。

「……なんか、人形見てるみたい……」
「人形?」

言われて、リーバーも隣を覗いた。
確かに、ペンを持って座っている人形のような姿勢で、が眠っていた。
整った容貌が一層人形じみていて、生きた人間との隔たりを感じさせる。

「……そういや、任務帰りなんだよな」
「疲れたんだね……ふふっ」

リナリーが楽しそうに笑う。

「お兄ちゃんの寝顔、初めて見た」
「言われてみればオレも初めて見たな……任務で泊まったときとか、見ないのか?」
「そういうときはすっごく早起きなの。私、掛けるもの持ってくるね」

リナリーはそう言って駆けていく。
彼は起きることもなく、すやすや眠ったままだ。
ペンくらい置けばいいのにと思うものの、今手から抜き取ったら、流石に起こしてしまうだろう。

「この姿勢だと……どうやって掛けたらいいかな」

戻ってきたリナリーが、仮眠用の毛布を抱えて首をひねる。

「難しいな……普通に後ろから掛けるしか無いか?」
「そう、だよねぇ」

彼女は慎重に毛布を肩へ乗せる。
人形の瞼が震え、がゆっくり目を開けた。

「……?」
「わっ、ごめん、起こしちゃった?」

慌てて謝るリナリーを見つめ、次いでリーバーを見つめ、は目を擦った。

「俺……寝てた?」
「うん、珍しいねって話してたの。もうちょっと寝る?」

リナリーが毛布を差し出した。

「んー……いいよ、これじゃ何しに来たんだか分からない」

まだ眠そうな表情のに、リーバーは言う。

「寝たっていいぞ? あいつらも結構仮眠してるしな」

リーバーの指の先、熟睡しているジョニーとタップを見て、が笑った。

「ほんとだ。じゃあ……ごめん、お言葉に甘えて」

リナリーから毛布を受け取り、今度は机に突っ伏す。
一分も経たないうちに聞こえた寝息に、リーバーとリナリーは顔を見合わせて微笑んだ。








(主人公17歳)

091015