燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









10.天気









雪の中の、マントに似た黒いコート。



壁にもたれ、その影に溶け込むようにフードを被り、遠くを見る少年。
クロスは肩に手を置いた。
少年が体を震わせて固まり、刹那、振り返った。
フードが肩に落ち、隠れていた金髪があらわになる。



が、ほっと溜め息をついた。
クロスのコートをしっかり握り締めて、身を寄せる。
自分よりはるか下方にあるその頭を、軽く撫でた。

「行くぞ」

小さな頷き。
彼が再び、フードを被った。



陰に隠れながら、慎重についてくる
クロスは斜め下に尋ねる。

「何見てた?」

黒い瞳が、こちらを見ることなく答えた。

「……空」
「雪じゃないのか」

フードは頷き、呟くように言う。

「……雪は嫌い」

クロスは、面食らってを見た。
周りを見れば、どの子も雪に歓声を上げているのに。

「触ると無くなっちゃうから、嫌い」
「雪だからな……溶けるのは仕方が無い」

二人の横を、貴婦人が通った。
がクロスのコートにしがみつく。
何故か人目を引く彼の「空気」も、フードがすっかり隠してしまったようだ。
貴婦人は、クロスだけを目に留め、通り過ぎていった。

「空が好きなのか?」

聞くと、フードは左右に首を振る。

「空もか」
「だって、見えるのに触れないもん」
「……なるほど」

要するに、触れないものが嫌いなのか。
クロスは煙草を吸った。

「好きな天気は?」

少し間があって、が答える。

「……雨」
「雨は『触れる』?」

首は、横に振られる。

「でも、泣けない人の代わりに空が泣くんだって、母さんが言ってたから」

あの葬列を思い出す。
クロスはの頭に手を置いた。

「オレも、雨は好きだ」

が、ぱっと顔を上げる。

「本当?」
「ああ」

旅に出てひと月。
初めての笑顔だった。








(主人公9歳)

090903