燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
10,000hit「磔刑」
「あっ……」
「重いでしょう? 持ちますよ」
柔らかに伏せた目で、彼は優しく、さらりと笑った。
若いシスターがはにかみながら礼を述べる。
アレンはを見上げた。
「兄さん、僕が……」
いいよ別に、とあしらわれ、アレンは少しだけ頬を膨らませる。
対して彼は、蕩けるような甘い微笑を湛えた。
「お前は師匠の鞄持ってるし」
「そうだぞ、アレン。落としたりしたらテメェ……分かってんだろうな? あぁ?」
最後尾を歩くクロスが、片目で凄んだ。
否、顔半分を隠すあの仮面からも、尖った視線を感じる。
ぞわ、と鳥肌が立つのを自覚した。
「おおお落としませんよっ」
「じゃあ大人しく持て、馬鹿弟子」
くす、と笑みを零したのは、シスターと兄弟子。
アレンはをちらりと見上げた。
この時間の彼を見るのが、好きだ。
まばゆい黄金が、沈む陽の橙を受けていっそう強く輝くこの時間。
伏せ目がちな笑みは一日の中で最も優しく、柔らかい。
「こちらですわ」
三人を案内していたシスターが、小さな教会の扉を開いた。
「あ、どうも」
会釈をして中へ入る。
正面にはシンプルで、しかし細かな装飾の施された十字架。
その背後のステンドグラスが、夕日を受けて華やかに色付いていた。
「わぁ、本当に綺麗ですね!」
「うふふ、そうでしょう?」
シスターと顔を見合わせ、笑う。
ガサ、
空気が乱れる音。
何の気無しに振り返る。
夕日に、より赤く染まる髪。
クロスがシスターの荷物を持ち、俯くの体を支えていた。
夕日に縁取られた彼の後ろ姿は、常にも増して神々しい。
けれど、茫然と立ち尽くした体の、触れた肩の震えは、そのままで隠せるものではなく。
クロスは、彼の肩をぐっと抱いた。
「お前、最近ずっと寝てないだろう」
クロスは、十字架の前の背中へ問い掛ける。
夜半の闇の中、壇上の燭台に燈された明かりが、揺らめいた。
「いい加減ぶっ倒れるぞ」
背中は動かない。
十字架へと真っ直ぐ向けられた彼の銃口も、ぶれない。
「(しっかし……)」
何という光景だろう。
神が祭られる場で、神の象徴へと。
神の使徒であり、「神」と呼ばれる者が。
神から授かった武器を、向ける。
冒涜。
背徳。
摂理。
喜劇。
表す言葉が見つからない。
「こっちに来い」
ガシャ、と銃が啼く。
漆黒が光を帯びた。
空虚な「空気」。
クロスは、強く声を投げた。
「下りてこい、」
十字架へ掲げられていた腕が、急にだらりと垂れ下がった。
肩を何度か上下させ、彼はこちらへ振り返る。
あの時間、黄昏を避けるために伏せられていた瞳は。
今、溢れ出しそうな恐怖を、漆黒の盆に湛えていた。
ふらり、ふらり、とが壇を下りる。
クロスは歩み寄り、床に足を着けた彼の背を支えた。
顔を覗けば、想像通りに真っ青だった。
自然と零れた溜め息を隠さず、クロスは支えた背を軽く摩る。
「吐きたいなら吐いていい」
金色が身を返し、クロスの手を払いのけた。
恐怖を湛えた盆は、頑なな空気で蓋をされる。
が一歩踏み出し、呟いた。
「……へいき」
掠れる声音。
クロスは、大きく一歩踏み出した。
金糸に手を乗せて、ぐいと引き寄せる。
「そうか」
震える手が、僅かにクロスの服を掴んだ。
クロスは、彼の頭を軽く撫でた。
「明日にはここを出る。一杯やったら、寝るからな」
「……え、いつ買ったの」
「お前らがシスターと話してた時」
「何それ」
ぷっ、とが吹き出した。
「あのシスター、好みじゃなかった?」
「胸がな」
「失礼だなぁ、ホント」
金色が手を擦り抜け、 暗がりへと、先に立って歩いていく。
その背中はもう、ピンと伸ばされていて。
クロスは一度視線を落とし、祭壇を振り仰いだ。
十字架が、厳かに二人を見下ろしていた。
(主人公15歳)
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