燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
01.月夜
光源は、青い月明かり。
暗い室内で、窓の下だけが淡く金色に浮かび上がっている。
物音は、しない――否、例え音がしても、彼の耳には入らない。
入口に人が立っていようと、その人が部屋の中へ入ってこようと、今の彼にとって、それらはどこか遠い世界の出来事なのだ。
窓辺に座り込み、ただ、虚ろな目で月を見上げる。
恐らく自分以外の人間は、こんなを知らないのだろうと思いながら、クロスはまた一歩彼に近付いた。
月光に照らされる肩に、持ってきた毛布を掛ける。
金糸が揺れ、漆黒の瞳が、光を映した。
「師匠……」
「掛けてろ」
そう言って、自分は酒瓶を手に隣に座る。
が緩慢に首を巡らせ、酒瓶を見た。
「……ロマネ・コンティ……」
「おう、お前にゃやらねーぞ」
「要りませんよ。ったく……」
呆れたように返して、は毛布を掴んだ。
「……何の用ですか、こんな時間に」
毛布に顔を埋めるようにして落とされた言葉は、些か力無くクロスに届いた。
俯いたと対照的に、今度はクロスが、酒を呷りながら月を見上げる。
少しいびつな形をした月は、雲の切れ間で二人を見下ろしていた。
「お前の寝顔でも見て笑ってやろうかと思ってよ」
「……悪趣味」
「褒め言葉だな」
低い声でボソッと呟くの隣で、クロスは事もなげに言ってのけ、再び豪快に瓶を傾ける。
喉を鳴らす音。
対する、溜め息。
「……寝てないって、知ってるくせに……」
窓の外で、雲が動く。
静寂の中、月光の陰りと共に、室内も闇を深める。
クロスは空いている手を伸ばした。
微かに震えるの肩を、ぐっと引き寄せる。
「だから来たんだろーが」
小さな子にするようにゆっくり肩を叩くと、毛布に包まれた体は、昔よりも抵抗なくクロスに体重を預けた。
「……おやすみ、」
やがて、規則正しい呼吸が部屋を満たす。
(主人公15歳)
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