燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









7th.Anniversary-1「乱反射」









マリは船の上で軽く肩を動かした。
今回の任務は、どう報告すべきだろうか。
内容自体は、よくあるものだった。
イノセンスと思しき奇怪の情報を得て赴いたデンマーク。
しかし神の結晶というものは、そうそう出逢えるような代物ではないから貴重なのだ。
奇怪は寧ろアクマの能力によるもので、とどのつまりそこは奴らの巣であった。
とは言え、マリも、同行した探索部隊達も、次の任務へ向かったスーマンも。
怪我は大小あれど、皆が意識を保ったまま生還できたのは喜ばしいことだ。

「まもなく本部に到着します」

舟の漕ぎ手を務める探索部隊が言った。
彼の頬には先程大きなガーゼを応急手当として貼った筈だ。
それでも健やかに笑ってくれている。

「ああ」

大変な任務ではあった。
けれど死者はなし。
収穫は無いが損失もない、まずまずの成果だったと、そう報告しよう。
川のせせらぎ、その向こうから、おーいと呼び掛ける声が聞こえる。
リーバーだ。
あの忙しい科学班班長が直々に出迎えてくれるとは。
きっと彼は休憩がてら、やって来てくれたのだ。
少しくらい自分のために時間を使えばよいものを、とマリはそっと微笑んだ。

「あっ、あれ、嘘っ」
「ん? えっ、……え!?」

俄に探索部隊達が色めいた。

「どうした?」

問い掛けると、彼らは興奮しきった様子で彼らの神の名を答える。

さん、」
様が!」
「リ、リーバー班長の隣に!」

それにはマリも驚いて、思わず首を巡らせた。
岸辺が近付く。
柔らかで明るい空気が、自分達を包み込んだ。

「おかえりー!」

明るい声が、一同を迎える。

「た、只今、戻りましたっ!」

上擦った声で答える探索部隊達。
舟を係留すればいいのか彼に姿勢を正せば良いのか、体が迷っているのだろう。
舟がグラグラと揺れた。
苦笑したリーバーが彼らを手伝い、が慌てて宥めようとする。

「みんな、無事?」
「ああ」

問い掛けに、マリは大きく頷いて答えてみせた。
空気が動く。

――笑った

見なくても感じる表情の変化に、全身を捕らわれた。

「良かった……」

生きていてくれて、本当に、ありがとう。
吐息混じりのその声に、任務の間ずっと抱えていた胸の奥の緊張が解かれていく。
緩んだ糸の隙間に、熱いくらいの温もりが入り込んで、心を受け止めてくれる。
探索部隊達が感極まったように黙り込む。
マリはすう、と息を吸い込んで、吐き出しながら笑みを返した。

「ただいま、
「おかえり、マリ」

探索部隊達を先に医務室へ向かわせ、マリはの手を取って舟を下りる。
この体格の差で、よく自分を支えられるものだとたびたび感心するのだが、恐らく体の使い方が上手いのだ。

「しかし、珍しいな、お前が出迎える側というのも」
「あー、はは、……うん、まあ」

苦笑を声に滲ませて、が言葉を濁す。

「うん?」

沸き上がった悪戯心で追及すると、横からリーバーが口を挟んだ。

「室長に怒られて待機中なんだもんな?」
「うるさいよ兄貴、ちょっと黙って」
「コムイが? まさか、何をしたらそうなる」

あの温厚な室長を怒らせる人物など、そうあったものではない。
せいぜいこの少年の師匠か、リナリーに恋した怖いもの知らず達くらいだろう。
が言葉にならない声で、あーうーと唸っている。

「スーマンが行った任務だけどな、本当はこいつが行く予定だったんだが」
「あっ、ちょっと、ほんと、兄貴!」
「続けてくれ、リーバー」

上背がある二人の間で、じたばたと暴れる音。
マリは金色の筈の柔らかな髪に手を置き、弟弟子と比べても少し小さな頭を押さえつけた。

「熱があったのを隠して行こうとしたのがバレて、室長がこれで三回目だ! っつってな」

なるほど、それならコムイの怒りにも納得がいく。
すっかり事情を暴露されてしまったが、ぶつくさ文句を言いながらマリの手を逃れた。
直後に、痛ぇよ! という悲鳴が聞こえる。
がリーバーの脛か何かを蹴り飛ばしでもしたのだろう。
光に包まれたような神々しい彼は時折、不意に少年らしい。
微笑ましく思いながら、マリは先程まで押さえていた頭を軽く撫でた。

「ところで、本当に『三回目』か?」
「――っ!?」
「おいおい……詳しく頼む、マリ」








(主人公16歳)

160807




七周年記念、杉崎様からのリクエストでした。ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします!