燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









6th.Anniversary-3「安息のために」









首を回し、体を解す。

「(……座禅でも組むか)」

人のいない談話室で午睡に勤しむのも、なかなか悪くない。
久方ぶりの休日は、鍛練に明け暮れ昼寝までする、とても有意義なものになった。
今日という一日はまだ終わってはいないが、神田はその確信と六幻を携えて部屋を出る。
途端に、自分の気分が急激に萎んでいくのが分かった。

「ちっ」

教団には、多くの人がいる。
だからこそ、生活音や話し声が聞こえるのが常だ。
そんなものは静寂に等しいと思えるくらいには、神田は此処での生活に慣れている。
しかし稀に、それらの音が妙に耳に障る時があるのだ。
そしてそんな時は大抵、何処かの部署で犠牲者が出ている。

「部隊が一つ全滅だって」
「惨いなぁ……遺品はどうしたんだ」
「後続の部隊が」
「それも生還者が二人だとか」

今回もまさにそれだ。
方々から聞こえる声を拾う限りでは、探索部隊に大きな被害が出たらしい。
神田の姿を見て変な表情をした団員たちの横を通りすぎる。
溜め息をつき、首をもう一度鳴らした。

「(じゃあ、アイツは今頃聖堂か)」

前回の任務から神田、ラビと共に帰還し、休養を取らされている金色の居場所を思い浮かべる。
ほぼ間違いなく、病室を抜け出してあのローズクロスの前に蹲っている筈だ。
神田は歩く方向を変えて、聖堂を目指した。
辛気臭い顔を修練場に引っ張り込み、付き合わせるのも良いだろう。
少なくとも、届くとも知れない祈りを捧げるより余程身になる。
聖堂の前に来ると、思っていたより人の姿は疎らだった。
正面に聳える巨大な十字が霞むほど強い存在感。
紛う方なき静寂を作り出して祈り続けるの背中が、真っ先に目に入る。
ふるり、と。
その背が微かに震えた。

「おい、

その呼び声に動じた気配は、欠片も窺えない。

「……何? ユウ」
「鍛練。暇なら付き合え」
「暇って訳じゃ、無いんだけどなぁ……」

ようやくが身動いだ。
立ち上がりながら言う声には、苦笑も含まれている。
名残惜しげにもう一度十字を見上げ振り返った彼は、神田を見て目を丸くし、固まった。

「……何だ」

わざわざ訝しみ聞き直してやったのに、返ってきたのは人を小馬鹿にしたような表情。
神田が声を上げるより前に、が吹き出した。

「ぷっ、はは……あっはっはっは!」
「だから何だ!」

漂う空気が、知らぬ間に軽くなる。

「(それとこれとは別だ)」

釈然としない神田を前に、が目尻に涙まで浮かべて笑っている。
呼吸を引き攣らせた彼は、やっと神田の問いに答えるつもりになったらしい。
顔を上げて、此方の顔を指差した。

「ユウ……お前、鏡、見た?」
「鏡?」
「見てみろって、顔……ふふ、誰にやられたんだよ」

その言葉からは、嫌な予感しか感じられない。
足早に聖堂を出て、近くの手洗い場の鏡に自分を映す。
見慣れた顔の全体に、不可解な模様が描かれていた。

「いつやられたの、それ」
「……知らねぇよ……」

追ってきたらしいの、まだ笑いの止まらない声。
怒りは神田の体を震わせ、金色の笑いの虫をさらに擽る。

「ま、誰がやったかは予想つくけど?」
「ちっ!」

それが「いつ」か。
恐らく、昼寝中だ。
では、「だれ」か。
昼寝をしている神田を見付け、その顔に落書きをするなんて。
神田を遠巻きにするサポート派には、そんな勇気は無いだろう。
いくら他に比べてよく喋るとはいえ、科学班連中にもこんな大それたことは出来まい。
ならば犯人は、自分や金色と同じように休日を過ごしている筈の――ラビしかいない。

「斬るッ!!」
「いってらっしゃーい」

有意義だった筈の休日が、こうして彼らのせいで消えていく。
いや、せめて彼を人間の側に引き戻せただけでも良しとしよう。
ラビ退治に向かいながら、神田はそう言い聞かせて自分を慰めた。








(主人公16歳)

150808




六周年記念、さわなみ様からのリクエストでした。ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします!