燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









6th.Anniversary-2「命のゆりかご」









一人の部屋に、不意に聞こえたノック音。
クロスが誰何する前に、部屋の扉は開かれた。
隙間から金髪が覗く。
ちらりと顔だけを出し、弟子が此方を見た。

「……何だ」
「……入っていい?」
「酌をするならな」

こくり頷き、が体を滑り込ませた。
入室の許可を求めるくらいなら、まずはノックの後の返事を待って欲しい。
しかし、何よりも今気に留めるべきは、彼が自分からこの部屋に訪れたという珍事だ。

「グラス貸して」
「ん? おう」

弟子を伴い教団に戻って早一年。
果たして、が自発的にこの部屋に来たことは何度あっただろうか。
ほぼ無い。
クロスが引きずって連れて来るときも、一応嫌がる素振りを見せるのに。
しかし、それ自体は然して悪いことでもない。
二人きりの修行時代とは違う。
付き合いが増えたということだ。
彼をこの世に繋ぎ止める楔は、多ければ多いほど良いとクロスは思う。
だからこそ、今日のような日は珍しい。
グラスの中程まで注がれたワインを煽った。

「もう一杯」
「えー、もう? もっと大事に飲みなよ」
「うるせぇ、早くしろ」

文句を垂れ流すの旋毛を見下ろした。
グラスを受け取り、逆の手を彼の肩に乗せる。

「今日は科学班行かないのか?」
「行ってたけど……頼まれたやつ、終わっちゃって」

がワインを抱えて、背を丸めた。
小さな溜め息。

「……居る理由、無くなっちゃった」
「そうか」

クロスは軽くグラスを傾ける。
コーヒーでも淹れてやれば良かったのでは、と思わないこともない。
だからといって、わざわざ言ってやることもない。

「なら良かったじゃねぇか。今日くらい早く寝ろ」
「ちゃんと寝てる」
「お前のそれは信用出来ねェな」
「……師匠が知らないだけだよ」

不満そうにむくれて、がボトルに顎を乗せた。
痕が残るぞ、と肩を揺する。
意外と、否、ある意味予想通り、彼は揺すられるままにボトルから顎を離した。
ついでに体を引き寄せ、此方へ寄り掛からせる。
いとも簡単に従ったその横顔へ目を遣りながら、クロスはゆっくりとその肩を叩いた。

「俺、ちゃんと寝てるのに」

――とん、とん、

「科学班から帰ったら、ちゃんと、寝てるのに……」

――とん、とん、とん、

むずかるように押し付けられる頭。
声がくぐもって、駄々をこねるように歪んだ。

「……迷惑、かけてない、のに……」

――とん、とん、とん、とん、

ううん、と唸る声が聞こえる。
近頃、彼は科学班でそれはもう精力的に助手を務めていたのだそうだ。
資料運びも、翻訳も、実験助手も、言われるままに全てを引き受けて。
流石にオーバーワークではないかとリーバーに相談されたのは昨日のことだ。
好きにさせてやれと答えたが、遠からずこうなることはクロスには分かっていた。
どうせ、科学班にいない時間も、修練場に籠っていたのだろう。
どうしようもなく、抗えないほどの眠りを求めて。
この数日は、それしか考えていなかったに違いない。
体は眠らせようと意識を揺らがせ、けれど脳はそれを拒もうと呼吸を焦らせる。
クロスはグラスの中身を飲み干した。
少年が抱えたままのボトルを抜き取り、共にテーブルに置く。
凭れ掛かる彼の肩から手を滑らせ、二の腕を抱き込むように優しく叩いた。
鼓動のリズムが、彼を安らぎに導くと信じて。

「おやすみ」
「……んぅ……」

きっと今日は、夢も見ずに眠れるだろう。








(主人公13歳)

150808




「クロスと主人公の、ほのぼのとした優しい日常の話」
六周年記念、Oats様からのリクエストでした。ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします!