燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
6th.Anniversary-1「闇に溶け込む」
「振り返ると、そこには……!」
「ぎゃああああっ!!」
まだ話の結末を言ってもいないのに、野太い悲鳴が上がる。
リーバーをはじめとする科学班員が部屋のあちこちで頭を抱え、耳を塞いで震えていた。
連日の徹夜による奇妙なハイテンションがなせるわざだろうか。
休憩がてら、何か面白い話をしてくれ、と。
頼まれたから、ラビはそれはもう臨場感たっぷりに話をしてやった。
その甲斐あってか、話し方それ自体で恐怖感をあおることに成功したらしい。
オバケなんてと馬鹿にしていた筈の男達がこれだけ怖がっている様は見物だ。
「ぶっ、ははは! 怖がりすぎだろ!」
ラビは腹を抱えて笑う。
「ラビの話し方が怖すぎるんだよー!」
「そーだそーだ! こんなに怖いの初めてだってば!」
ジョニーとタップに両側から抱き付かれたが、迷惑そうな顔で言う。
「きゃーこわーい」
棒読みのそれに、ジョニーから非難の声が上がった。
「全然怖くなさそう!」
がげんなりと眉を顰めたのが見える。
「締まらないなぁ……」
「あれ? 、面白くなかった?」
「うん。……いや、ラビの喋りは上手かったけど。結末も聞いてないしさあ」
つまらなそうにが肩を竦める。
コムイとリーバーが信じられないという顔をして、震えながら彼を見た。
「嘘ぉ! 何であれで怖くないの、!」
「ダメだ、オレ怪談話全部怖くなりそう……!」
「しっかりしてよリーバーくーん!」
漫才のような二人のやり取りに、ラビはまた一頻り笑う。
がくがく震えるジョニーを押し退けての隣に割り込んだ。
「もしかして、ホラー嫌い?」
「うん? いや、怖いとは思わないだけ」
「ふぅん?」
科学班の手伝いをしていたためにこの「休憩」に巻き込まれた。
確かに彼は、始めから楽しんでいるという風ではなかった。
取り繕うように、が笑う。
「お前話すの上手いな。前で話してるのに、後ろから聞こえたみたいだった」
それが怖いんだよ! と、またも外野が騒ぎ出す。
そういえばこんな話も……と話し出す者もいる。
風呂に入れないからやめてくれと訴える者も、部屋に帰れないと言う者も。
ロブは腰が抜けて立ち上がれないと半泣きだ。
「こいつら、よく普段の仕事やってられるな」
「まあ、怖かったのはラビの話し方だったみたいだから」
喧騒を見遣って、ラビとは笑う。
一呼吸して、が遠く視線を投げた。
うっそりと目を細める。
「……羨ましいな」
「誰が?」
「幽霊に会えた人」
彼は呼吸に合わせるように、ゆるりと顔を綻ばせた。
「俺も、会いたいなぁ」
――怖い
ぞくり、背筋が凍るような寒気を覚えた。
会ってみたい、と。
超常に憧れる言葉なら、共に笑えたのに。
――こわい
僅かに漆黒を潤ませて、焦がれるように甘やかに、あまりにも優しく囁くものだから。
それは、この組織では決して受け容れてはいけない考えであるように思えたから。
「どうしたの、ラビ」
「あ、わりぃ……何でもない」
ラビはつい、彼の腕をきつく握り締めていた。
あの、独り言のような囁きの瞬間。
いつもの強すぎる存在感が、ぐらりと揺らいだ気がした。
目を離した隙に彼岸へ引き摺られてしまいそうな、危うい微笑だった。
なんだよ、と笑う彼は、震えの止まらないタップをいつもの調子でからかっている。
「(怪談なんかより、よっぽど怖ェさ)」
なにげなくの腕を捕まえて、ラビは再び会話に加わった。
(主人公17歳)
150808
「棒読みで『きゃーこわーい』と言う」
六周年記念、棗様からのリクエストでした。ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします!