燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









60,000hit「鼻梁、首筋、指の先」









「兄貴っ」

馴染みの人物の、馴染み無い切羽詰まった声が聞こえる。
リーバーは顔を上げた。
血相を変えたが、班員への挨拶もそこそこに此方へ駆けてくる。
鍛練をすると言って、先程出ていったばかりだと思ったが、忘れ物でもあっただろうか。

「どうした?」
「頼む、匿って!」

囁くような鋭い声で言った彼は、事情を聞き返す間も許さずリーバーの机の下に身を潜めた。
何事かと班員達がざわめき出す。
取り敢えず、リーバーは室内に向けて、人差し指を口に当てる仕草をしてみせた。
匿えということだから、何かから逃げているのだろう。
注目を向けてしまうのは本意ではなさそうだ。
気心知れた面々には意図が正しく伝わったようで、一見いつも通りの喧騒を取り戻した。
リーバーは椅子を少し引いて、机の下を覗き込む。

「何してんだお前、鍛練は?」
「そのつもり、だったんだけど……!」

来たぁ……呟いたが出来るだけ体を小さく屈めた。
廊下の方から、ご機嫌な鼻唄が聞こえてくる。
そのおどろおどろしい低音には確かに聞き覚えがあり、リーバー達は真っ青な顔で入り口を振り返った。

「おぉい、出てこい」

何故、覆面を外した完全な臨戦態勢をとっているのだろうか、理解が出来ない。
元帥ウィンターズ・ソカロがのしのしと研究室に立ち入った。

「んんん? 居るんだろう? ! 返事くらいしやがれ!」
「(……よりによって相手が……!!)」

このとき科学班員の心の声は、見事なユニゾンを奏でただろう。
リーバーの机の下で、当の金色は息を潜め、苛烈な存在感を極限まで薄めていた。
然り気無くじりじりと、別の机の下に移ろうとしている。

「おい、リーバー」

声を掛けられて、リーバーはびくりと肩を震わせた。

「な……っ、んでしょうか、元帥……」
「アイツ、来てんだろ。出せや」
「(怖っ!!)」

本人は、至って楽しそうに笑っているのだが、如何せん凶悪すぎる。
ソカロはたまに帰還するたび、こうしてを追いかけ回し殺し合いに興じようと迫るのだ。
と言えど、たいそう気の毒なことだとは思うが。

「い、いやあ、その……ハハハ」
「ハハハじゃねェんだよ、なあ」
「ひぃッ……!」

此方まで巻き込むのは勘弁して欲しい。
そう思っていると、少し離れた机の下から、観念した表情のが顔を覗かせた。
ソカロが目をぎらりと輝かせて口元の笑みを深める。

「殺ろうぜ、
「お断りします」
「なんだなんだ、つれねェな。遠慮すんなよ」
「誰が遠慮なんか……」

の苦々しい顔を目にしたその時、リーバーは荒々しい足音が近付いてくることに気付いた。

「ソカロ! テメェ……!」

また何か来た……と、科学班の絶望の眼差しが入り口に向けられる。
どかどかと床の書類を踏みつけるのは、元帥クロス・マリアンだ。
ん? と振り返ったソカロの元に大股で近付いたクロスが、相手の胸倉を掴み上げた。

「なに人の弟子を殺そうとしてんだ、コラ」
「いいじゃあねぇか。前に言ってたぞ、オレもお前もどっちもどっちだって。なあ?」
「やめて、俺に振らないでください元帥」
「ああん!? おい馬鹿弟子、どういうことか説明しろ」
「師匠は黙ってて」

肩を落としながら机の下から這い出たの腕をむんずと掴まえて、満足げにソカロが笑う。

「よし、行くぞぉ!」
「まだ行くなんて言ってません!」
「待て、話は終わってねェぞ! ソカロ!」

嵐のような騒動だった。
科学班員達の諦めきった力無い笑いが、部屋に蔓延する。
引きずられながら此方を振り返ったが、叫んだ。

「兄貴助けて!」

リーバーは穏やかに苦笑する。

「いや、無理」

絶望したような顔の彼に申し訳ないとは思いつつ、優しく手を振り、彼らを送り出した。









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「ソカロと主人公の日常の話」
60,000hit、Oats様からのリクエストでした。ありがとうございました。
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