燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
5th.Anniversary「君の止まり木」
荷物を床に放り投げて、は団服のままベッドに倒れ込んだ。
うつぶせで、布団に向かって長い息を吐く。
当然ながら顔が布団に密着して苦しい。
ごろりと仰向けになり、今度は目を閉じて息を吐く。
やっと、人の目を逃れた。
「……疲れた……」
声に出すと、余計に自覚してしまって嫌になる。
天井を見上げて息を整えながら、襟を弛めていると、扉を乱暴に叩く音がした。
体勢を取り繕う暇もなく、了承もないのに開かれた扉。
中途半端に身を起こしたを、赤髪の元帥が見下ろした。
「オイ、風呂行くぞ」
「は、……え?」
ずかずか部屋に踏み込んで洋箪笥を開けたクロスが、着替えとタオルを素早く抜き取る。
振り返り様に腕を取られ、柔らかなベッドから引き剥がされた。
「なっ、何、何だよ師匠」
帰還してすぐ報告に行かなかったからか?
それとも、クロスが教団を抜け出している間に任務に出たからか?
否、後者は明らかにクロスが悪い。
ならば前者か、ではどうして「酌」ではなく「風呂」なのだろう。
「うるっせぇなぁ。さっさと来い、オレも早く入りたいんだ」
「……まさか師匠、風呂入ってないの?」
クロスが肩越しに振り返り、顔を顰める。
「そんな訳ねぇだろ。今日は、お前を待っててやったんだよ」
「あ、そう」
綺麗好きなこの男がまさか、というのは杞憂に終わったらしい。
良かった。
掴まれた腕が訴える鈍い痛みを無視しながら、引き摺られるように、廊下を歩く。
ふわ、と欠伸を溢して、されるがまま、は大浴場へ向かった。
脱衣所では流石に床へ放り投げられたが。
「痛っ」
「ったくお前は。少しは自分で歩けよ」
「ハイハイすみませんでした」
一緒に放り投げられた着替えを拾って、籠に入れる。
さっさと脱ぎ出したクロスの横で、欠伸を噛み殺しながらのろのろとタイを外した。
「どうした、眠いのか?」
「ううん、別に。脱いじゃったなら入れば?」
眠い訳では無いと思う。
あのまま部屋にいたところで、眠れはしなかっただろう。
早く来いよ、と言い残した師に背き、はゆっくり服を脱いだ。
のんびりと扉を開けると、椅子に座ったクロスが派手なくしゃみをしたところだった。
「遅いじゃねぇか」
手招きに従って首を傾げながら近付くと、泡のついた垢擦りを渡された。
見返せば、本人はニヤリと笑ってふんぞり返っている。
溜め息をついたは、取り敢えずシャワーで体を流し、クロスの背後にしゃがんだ。
お望み通り、背中を流してやろう。
但し、日頃の恩を込めて、渾身の力で。
広く逞しい背中に垢擦りを押し付け、ぐい、と引き下ろす。
クロスの肩が跳ねた。
「い――ッ!?」
「あはははははっ!」
は振りかぶられた拳を避け、立ち上がって笑った。
追って立ち上がったクロスの鉄拳が頭頂を直撃したが、それでも。
久し振りに、声を上げて笑った気がする。
クロスの怒声は、反響して不明瞭になっているのでちっとも迫力がない。
は顔の前で手を合わせ、適当に笑った。
「ごめんってば、ほら座って師匠。今度はちゃんとやるから」
「信用出来るかクソガキ! ……いい機会だ、お師匠様が正しいやり方を教えてやろう」
「えっ。い、いや、いいよ、待って待って! 待って、こっち来んなってば!」
(主人公15歳)
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「日常のほのぼのした話」
五周年記念、im様からのリクエストでした。ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします!