燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
4th.Anniversary-2「びっくりばこ」
「はぁーい! いらっしゃーい!」
「……何してんの?」
返された呆れ声に、しゃもじを持って両腕を広げたまま、ラビは笑顔を引き攣らせた。
ちらと目を開ければ、が白い目で此方を見ている。
「ジェ、ジェリーの真似……」
「そうだったんだ」
似てない、と言われるよりも厳しい一言に肩を落とすと、小さな笑い声が聞こえた。
が笑いながら、首を傾げる。
「で? 何やってんだよ、そんなとこで」
厨房のカウンターの中。
エクソシストの仕事場ではないそこに、ラビが居たのには訳がある。
ラビはカウンターに肘をついた。
「いやぁ、変な時間に飯食ったら、今度は腹減って眠れなくなって」
食堂に顔を出したら、やたら手の込んだ料理を作られそうになったのだ。
そのプロ根性により、日々、腹と舌を満足させてもらっている身ではある。
しかし、この深夜にそこまでの料理は要らない。
寧ろ久々に、自分で何かを作りたい。
一応、次期ブックマンとして、一人で荒野に放り出されても生きていけるだけの力はある。
変なことはしないから……、そう頼めば、厨房の面々は面白がって許可してくれた。
「で、此処にいるって訳さ」
彼がふぅん、と呟く。
「ラビ、料理出来たんだ」
「簡単なやつくらいならなー。そうだ、も食うか? おにぎり」
ラビは、持っていたしゃもじを示した。
が興味深そうにしゃもじと、カウンターの中を覗き込む。
「オ、ギ……? え、何それ?」
「日本のソウルフード、おにぎり」
「日本料理かよ、じゃあいい。どうせまた、しょっぱいんだろ」
「悪いけど、あれはの自業自得さ」
以前、彼が蕎麦に初挑戦した際に植え付けられてしまった先入観。
あの時がとった突拍子もない行動は、今思い出しても笑える。
「まあまあ、騙されたと思って! な?」
えー、と嫌そうな声を上げながらも、がカウンターを離れた。
食べてくれる気にはなったらしい。
待ってろよ、と声を掛けて、ラビは手に塩を振り、ご飯を握った。
自分の分には唐揚げも鮭も入れているが、彼はどちらも嫌がるだろう。
ならば昆布か、梅なんかどうだろう。
今度は酸っぱいと騒ぎそうだ。
彼の反応を楽しみにしながら、ラビはおにぎりに海苔を巻いた。
皿に載せて、彼の待つテーブルに運ぶ。
「ほい! 出来たぜ」
差し出された皿の上を見て、が目を瞠る。
「黒っ」
「それは海苔ってやつな。おにぎりは、具を入れた米を握って、海苔で巻くんさ」
「なんか……へぇ、紙じゃないんだ……」
興味深そうに海苔の端を千切った彼が、それをそっと口に入れた。
「面白い匂いがする……ん、何かくっついた」
「嫌いな味か?」
「ううん、嫌いじゃない」
そうしてが、おにぎり本体に齧り付いた。
海苔の感触に不思議な顔をしながら、手に持った残りに目を遣る。
「……しょっぱくない……」
ラビは思わず吹き出した。
「だから、こないだのはイレギュラーだっての!」
「そうかなぁ」
もう一口食べ進めると、中身がようやく現れた。
残りを考えると、位置が明らかに下に寄っている。
ラビはあちゃあ、と額に手をやるが、は頓着していないようだ。
梅をしげしげと見つめて、顔を上げる。
「何これ」
「それは、梅っつって、超メジャーなおにぎりの具さ。種は取っておいたから」
「ふぅん、じゃあそのまま食べられるんだ」
そう言って、が残りのおにぎりを丸ごと口に入れた。
「ん? あ、っ……」
ラビが止める間もない。
しかし、マズイと思う自分と、彼の反応にわくわくする自分が居る。
特大の梅と少量のご飯。
が唇を引き結び、思いきり顔を顰めた。
目も瞑って、一度全ての動作を止める。
やがて素早く咀嚼し、彼は口の中の物を一息に飲み込んだ。
溜め息と共に、潤んだ目がラビを睨む。
「っ、すっぱい……」
「、お前いっつも、初挑戦のくせに躊躇無さすぎだからそうなるんじゃねぇ?」
「違う……日本料理が下手物なだけ」
「少なくとも日本食のせいじゃないさ」
勢いよく水を飲んだが、昆布入りのおにぎりを険しい目で見詰めている。
「……こっちはどんなのが入ってんの?」
ラビは自分が食べるのもそっちのけで、にんまり笑いながら彼を見た。
「さぁ? それは食べてからのお楽しみさー」
(主人公17歳)
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「イライアが料理を作るか、振る舞われるかの話」
四周年記念、山椒様からのリクエストでした。ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします!
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