燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









4th.Anniversary-1「それが自惚れだとしても」









意識が、ふ、と浮上する。
原因はすぐに分かった。
クロスはごろりと横を向く。
深夜の最も冷えた空気の中、窓から射し込む月明かり。
しんと静まり返った、教団の一角。
胸の辺りで小刻みに震える黄金色を、がしがしと撫でた。



クロスの服を、が掴む。
浅い呼吸を引き連れた呟きが、空気に彷徨う。

「俺が……どうしよう、師匠……」

怯えた漆黒は、此方を見上げない。
喘ぐように息をしたが、大きく震えて、声を溢した。

「……俺が、殺した……っ」

クロスは言葉を飲み込み、弟子の背をゆっくり叩く。
彼が夢に見るのは過去のことだけだと、ずっと、思っていた。









その来訪は、余りにも唐突だった。

様にっ、どうしても、どうしてもお越し頂きたく……!」

長い任務から帰還したを寝かしつけた矢先、クロスの部屋の扉は叩かれた。
呼ばれた先は医務室で、待っていたのは手の施しようが無い重傷の男。
その光景に、の歩みがほんの僅か、止まったことは、他の誰も気付かなかっただろう。
「様」と。
珍しくもなくなってしまった呼び名を、彼らは使った。
何を求められたのかは、嫌でも分かる。
が一歩踏み出した。

「…………さ、ま……」
「此処にいるよ」

嗚呼。
掠れた声でそう呟いて、男は目尻から涙を溢した。
ベッドに屈み込んだが、男の頬に手を触れる。
離れた場所のクロスまで包んでしまうような微笑みが、死にゆく男、ただ一人に向けられた。

「……うん、皆は無事だよ。貴方のお蔭だ……ありがとう、頑張ってくれたんだね」

男の目を、そっと手で覆って。
温かく、優しく、微笑んだまま。が、彼の耳許で囁いた。

「赦すよ」

周りを囲む探索部隊達の啜り泣きを聞きながら、クロスは目を細めた。
最前線に丸腰で飛び込む探索部隊も、人間だ。
今際に神を求めるのは分かる。
神に赦されたなら、生を手放しもしよう。
けれどこの黄金は。



「んなこたぁ、ねぇだろ」

どれほど隙がない鎧も、叩き潰せば中の人間も無事では済まない。
求められた鎧をいかに完璧に纏っているからといって。
壊す場所が見つからないほど、その中身が過去の思い出に抉られているからといって。
今、傷つかないなんて、嘘だ。

「だって、……俺が、言わなければ……」
「あのまま、苦しませたかったのか?」
「それは……、でも、……だけど、俺のっ」

涙を流さないからといって、悲しんでいないなんて、嘘だ。

「俺の手の、下で……っ」

あれから、をもう一度眠らせるために、一時間近い時間を要した。
肩を抱いて、大丈夫だと微笑む彼に体温を分け、終いには酒まで飲ませて。
それでも渋る弟子をベッドに放り投げ、クロスも隣に寝転んでようやく、眠った。
堪えただろう。
故郷の夢に疲弊しきったところで、新たな家族の死に向き合わされるなんて。
この黄金は、ただの人間だ。
この黄金は、ただの人間の子供なのだ。

「お前は、何もしてねぇよ」

息を荒らげて涙も嗚咽をも押さえ込む金色を、そっと抱き締める。

「触って、声掛けて。それだけで相手を殺せるなんて、そんなもん、神だけだ」
「だけど!」
「お前はいつから『本物』になった」

叫ぶ体が、びくりと震えた。
荒い呼吸が数回、聞こえた。
強張っていた肩から、力が抜ける。

「……なって、ない」
「そうだろ?」

消えそうな呟きに声を返して、クロスは金色を軽く叩いた。

「見失うなよ、。お前は、オレの弟子だ」

彼は己を、きっと赦せない。
けれど、誰も赦さないのと誰かが赦すのでは、訳が違う。

「それ以外の何でもねぇ」

クロスですら美しいと、神々しいと目を細めてしまうほどに。
眠りから覚めた彼は、また誰かの神になるのだろう。
だから、今だけは。
せめてクロスだけは、彼を人として、許してやらなければならない。

「……っ、うん……」

この、弱くて脆い子供を。
守れる者が、他に居ないのならば。








(主人公14歳)

130808




「BLっぽい、もしくは師弟愛で、クロスとイライア」
ごめんなさい、師弟愛に留めさせていただきました!
四周年記念、吉田様からのリクエストでした。ありがとうございました。
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