燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
4444hit「またたき」
ベッドの上に放り投げられているのは、自分用の大きな黒い団服。
その横には、小さな団服が軽く畳まれて置かれている。
「おい、もう一本取れ」
「え、まだ飲むの?」
溜め息をつき、がソファから立ち上がる。
いつものように、任務帰りの弟子を水路で捕まえ、部屋へ引っ張り込んだ。
今はワインを二本空けたところ。
これからが本番だ。
クロスはフンと鼻を鳴らす。
「師匠ー、どれー?」
「あぁ? あー、それでいい、それで」
「んー」
丸みを帯びた瓶を手にとり、彼が振り返った。
棚に並ぶ紅が、僅かにその黄金に映る。
億劫そうに歩く様子にふと、若干の違和感を覚えた。
「ねぇ、絶対飲み過ぎだと思うんだけど」
隣に座り、ぶつぶつ言いながら栓を開ける姿は、確かにいつもと同じだ。
しかし感じた違和感を拭い切れず、クロスは瓶を取り上げた。
「何?」
「ちょっと目、瞑れ」
「なんで」
文句とは裏腹に素直に下ろされる瞼。
クロスはしゃがみ、ブーツの上から彼の両足首を握った。
「――ッ、に、すんだよ馬鹿!!」
「ぐおっ!!」
頭上から怒声と共に降ってくる拳骨。
顔の下から振り上げられた右膝。
流石、自分が育てただけのことはある。
仮面が割れなかったのは奇跡に近い。
痛む顔と頭を摩りながら目を開けると、ソファの上のも、左足に手を添えて唸っていた。
金色から覗く耳は赤く、体が小さく震えている。
「捻っ」
「大丈夫」
「どこが」
「大丈夫」
「痛いんだろ?」
「大丈夫って言――っ、」
「……馬鹿が」
溜め息を零しながら、彼の脚にそっと手を添える。
揺らさないよう気を配りながら、左足のブーツだけを脱がせた。
「何があった」
「足場悪くて、捻った……多分。分かんない」
足首は腫れ、熱を持っている。
しかし、恐らく折れてはいないだろう。
軽く動かしてみせると、途端に力の入る身体。
全く、この馬鹿は弱音を吐かないから困る。
「医務室行くぞ。立てるか?」
「要らない。大丈夫」
「大丈夫な奴が師の頭をぶん殴るかよ」
「……ちょっと、待って……」
俯いた彼の、呟くような声。
座ったまま、そろそろと床に足を下ろすを制した。
棚の中に、確か包帯があったはずだ。
多少古くても、僅かな時間患部を固定することくらい出来るだろう。
すっかり丸まっていた包帯を伸ばしながら彼に近付くと、漆黒が不安げに揺れた。
叩くように金色を撫でてやる。
「固定するだけだ」
「また握られるかと思った」
あからさまな安堵の溜息に、減らず口め、と呟けば、褒めてる? と笑みが返される。
誰に似たんだ、いや、オレか。
自問自答しながら包帯をきつく巻き、元通りブーツを履かせた。
がソファに手をついて、ゆっくり立ち上がった。
「捻挫したこと、ある?」
「そりゃあ、あるに決まってんだろ」
「師匠も人間だったんだね」
「足を出せ、金づちをくれてやる」
「やなこった」
笑顔が眩しい。
しかしこれに捕らわれている場合ではない。
逃げ出す前に、医療班へ連れていかなければ。
そう思って手を伸ばそうとした瞬間、ゴーレムが黒い羽をはばたかせ、鳴いた。
『!』
「コムイ? どうし」
『すぐ司令室まで来れるかい!?』
帰還して、まだ数時間しか経っていないというのに。
クロスの視線の先で、彼の横顔は一瞬の無表情の後、いつもと同じ綺麗な微笑を抱いた。
「うん」
『ごめん……ごめんね……っ』
「大丈夫。今行くよ」
驚くほどしっかりとした足取りで、はベッドの上の団服を手にした。
畳まれていた団服は、端を摘めば綺麗に広がる。
無表情でそれを纏い、フードを背中に垂らして、漆黒がこちらを見上げた。
空気を一新させる、笑顔。
「じゃ、行ってきます」
「……お前な、無理でも一度断れ」
きょとんとした顔は、まだ幼さをしっかり残していて。
しかし、ふわ、と浮かべられた微笑は、年齢とは掛け離れていた。
「足、ありがとう」
横を通り抜ける風は、クロスをその場に縛り付ける。
やっと振り返れば、漆黒の裾がドアの端に翻り、消えた。
(主人公13〜14歳)
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4444hit、月見屋様からのリクエストでした。
ありがとうございました!