燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









40,000hit-1「左手の誓い」









「(哀れなアクマに、魂の救済を)」

心の中で呟いて、アレンは振り返った。
背にした壁の前で立ち尽くす少年に、駆け寄る。

「もう大丈夫だよ」

マントのような黒いコート、深く被ったそのフードの下を覗き込む。
影の中で、蒼白な顔は無表情に宙を見つめていた。
否、決して表情が無いわけでは、ない。
漆黒を包む瞼は力んで微かに震え、唇はきゅ、と引き結ばれている。
恐る恐る吐き出される細い息は、彼の全身に篭った脅えを何よりも表していて。
アレンは、小さな弟弟子の肩にそっと手を置いた。

「怖くないよ、ほら、こっち見て。ね?」

ちらりと動いた黒の瞳に笑い掛け、養父直伝の滑稽な顔を披露する。
笑ってくれない。
固い表情のままこちらを見つめるに、アレンは苦笑した。
笑わない子はキライです、と言ったマナの気持ちも、今なら分かる。
そっと金色を撫で、手を差し出した。

「行きましょう、。師匠を迎えに」

がコートの中から手を伸ばす。
アレンはそれをしっかりと握って、歩き出した。
クロスの知り合いの息子だというこの子が修行の旅に加わったのは、数日前のこと。
彼の対アクマ武器は、本人が酷く怖がるということで、未だクロスが預かっている。
それ以外に、が弟子になった詳しい経緯を、アレンは知らされていない。

「(僕の時よりは、ずっとマシかもってことは……分かる)」

ただ、何事にも反応が薄いことを覗けば。
アレンはちらと半歩後ろを見下ろした。
俯いて歩いているとばかり思っていたが顔を上げている。
視線の先を見て、アレンは思わずあ、と声を漏らした。
慌てて繋いでいた左手を放す。

「ご、ごめんごめん」

うっかりしていた。
いくら、この腕でアクマを壊すところを見ていたとしても。
いや、だからこそ。
こんな赤くて固い手は、きっと怖かっただろう。
がアレンを見上げた。
ぱさり、と背中にフードが落ちた。
漆黒が見上げている。
気まずい思いだったのに、アレンは目を逸らせなかった。

「……痛いの?」

まだ数えるほどしか聞いていないの声を、言葉を、思わず聞き返した。

「え?」
「手……痛い……?」

見上げる瞳に吸い込まれそうになりながら、アレンは首を横に振る。

「う、ううん……痛くないよ」
「そう」

がこくりと頷いた。
宙に取り残されていた彼の手が、遠ざけたアレンの左手をきゅ、と握った。

「よかった」

反対の手でフードを被り直したが、アレンにその身を寄せる。
フードに隠れるまでの一瞬、微かにその表情が和らいだのをアレンは見ていた。
けれどそれよりも、向けられた言葉に心が動いてしまった。
じわりと熱くなる目に力を込めて全力で涙を堪える。
堪えて、ほんの少しだけ。
鼻の奥のつんとした痛みを引きずりながら、アレンは弟弟子の手を握り締めた。

――この手は、君が厭うあの銃と同じものなんだよ
――この手は、かつて養父を「壊した」ものなんだよ

それでも、そんな真実すら覆い隠してしまう信頼を、君がくれるのなら。



呼び掛ければ、僅かにフードが上向く。
いつか、共に戦うことになるであろう彼に、アレンはにっこりと大きく笑い掛けた。

「君は必ず、僕が守るよ」

僕だって、その暗く寂しい場所から、君を掬い上げてみせる。









140210




「逆転弟子:アレンが兄弟子、イライアが弟弟子」
40,000hit、あや様からのリクエストでした。ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします!