燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









18'Birthdayリクエスト「合掌☆アゲイン」









可愛い髪飾りをつけているリナリーを見たくて、科学班を訪れた筈だったのに。
目の前の仮眠用ソファには、団服に埋もれた子供がいる。
たくしあげられた袖口からは棒のような手首と小さな小さな手。
ブカブカの襟から覗く折れそうな細い首。
白く滑らかな頬に、色の薄いぷっくりした唇。
髪は眩い黄金色で、睫毛がとにかく長くて、多分、閉ざされた瞳は漆黒なのだ。
この子供には、見覚えがある。
顔を覆って天を仰ぎ、たっぷり十秒。
ラビは叫んだ。

「――なんでさ!?」

梅の花の髪飾りをつけたリナリーがソファの横に膝をついて、心配そうに子供の手を握っていた。
大変可愛らしい。
目当ては彼女だったのに、頭の中はそれどころではなくなってしまった。
ごめんさリナリー、超似合ってるぜ。

「ラビ! ちょうどよかった。前にラビと神田が着てたブックマンの服、貸してくれない?」

それともティモシーから借りた方がいいかしら。

「い、……いやいやいや、待てよ、なんでがちっさくなってんさ? またかよ」
「またって?」
「あ、そこはスルーしてやって」

そうだ、前回小さくなったときの事をリナリーは知らないのだ。
ラビは慌てて手をひらめかせ、誤魔化した。
リナリーはきょとんと首を傾げつつも、黙って頷いてくれる。

「こないだラビ達を小さくさせた薬がまだ残ってたの」

何故、アジア支部をも巻き込む大騒動があって尚、そういう下手物の類いが処分されていないのだろう。
ラビはがっくり肩を落とす。

「なるほど、やられたってワケさ」
「うん。薬を被りそうになった私を庇ってくれて……」
「さっすが、男前さぁ。こんなナリだけど」
「そこは言わないであげて」

先程とは逆の立場で相手を牽制し、二人はため息をついた。
いったい誰が今回の犯人なのかと辺りを見渡すと、土下座の体勢のまま寝てしまっている男がいた。

「(今回はジョニーかー)」

前回の騒動では平謝りしていたリーバーは、イライラと此方を覗き込む第二班を必死に宥めている。
エクソシストを何だと思っているんだ、これだから第一班は。
ははは、まあまあ落ち着いてペック班長、よくあることですから。
はあっ!? よくあるの!? どうなってんの!?

「んん……ぅ……」

足元から声がした。
、とリナリーが優しく呼び掛ける。
そういえば最近になって、彼女がを呼ぶ言葉が変わった。
その声では未だ聞き慣れないからだろうか。
は覚醒まで至らず、むずかるように顔を顰めただけで此方へごろりと寝返りをうった。
リナリーが慌てて手を添えて、落ちないようにしてやる。
自分や神田が子供になった時より、の方が年齢も体格も小さい。

「小さい子って、こないだティモシーの孤児院の子達を見たのが久し振りだったのよね……」

リナリーは物心ついた頃から教団育ちだ。
彼女が最年少という時期も長く、あまり幼子を見たことがないのだろう。
興味津々といった風に、鼻が触れ合うような至近距離からまじまじと金色を見つめている。
吐息がかかったのか、がもう一度顔を顰めた。

「ぅ、ん、……っ!?」

呻きながら大きな瞳を開いて、すぐ目の前のリナリーを見たまま彼が硬直する。
リナリーが安堵したように微笑んだ。

! よかった、痛いところはない?」

まるで本当の子供相手のように、リナリーの声色は甘やかだ。
目を瞠ったままのが自身の体を見回し、リナリーと自分、ラビと自分を見比べて溜め息をついた。
漏れ出るその声が既に、幼い。

「……あのね? リナリー」
「うん、なぁに?」
「俺、小さくなってるの、体だけだよ」
「あっ、そうなの? ごめんね、つい」

そう言って苦笑いしながらも、リナリーはそわそわうずうずと手を動かす。

「あの……だっこ、……してみてもいい?」

好きにして、と諦めたようにが呟いた。
リナリーが満面の笑みでを抱き締める。
彼女の肩口から此方に顔を出したと目があった。
以前と同じように柔らかな頬をむっすりと膨らませている。
つい吹き出して、それと少しだけ嫉妬して、その頬を指で挟み、潰した。

「ぷひゅっ」

空気が抜ける。

「んむぅ……」

がラビを睨み上げた。
迫力が、ない。

「悪ィ悪ィ。いやー、災難だったな、よしよし」
「わっ、やめろって」
「悪かったなー、

ラビの後ろからは、第二班を追いやったリーバーが笑いかける。
振り返ると、此方を覗きつつ、しかし何故かびくびくと怯えたようなペックの姿も窺えた。

「また一晩経てば戻ると思うからさ」
「ふんっ、兄貴ってば……今回は直接自分のせいじゃないからって、余裕そうな顔しちゃって」
「そっ、そんなことねぇよ、そんなことよりっ、ジョニーのことは許してやってくれ。な?」
「仕方ないなぁ、たしか四徹目でしょ……いいよ」
「四っ……そーりゃあ土下座寝しちまうわけさ」
「なんか、色々根詰めてやってたらしいよ。忙しいのは、分かるから……まあ、いいよ」

ずっとむっすり唇を尖らせてはいるが、流石に二度目なのでの反応も落ち着いている。
落ち着かないのは遠巻きに見ている科学班員と、リナリーだ。
むぎゅっと力強く抱き締め終わってからも彼女はを離そうとしない。
今は膝に乗せてよしよし、と頭を撫でている。
科学班員達は色々な角度から覗き込んで二人の姿を拝もうとしていた。
確かに、にこにこしながら子供を抱き締めているリナリーは、とても可愛い。
けれど。

「あっ」
「しばらくお預けさ、リナリー」

ラビは手を伸ばしてを抱き上げた。
がきょとんと不思議そうにラビを仰ぎ見て、リナリーの手は追うように宙に残される。
彼女は少し不満げに眉を下げ、むくれた。

「どうして?」

単純にが羨ましすぎるという嫉妬心が大部分。
ついでに、前回子供の姿になった時、リナリーにだけは見られたくないと言った彼の羞恥心を僅かに慮りもした。
けれどそれをそのまま伝えるのは余りにも癪だし、カッコ悪い。

「ほら、服着替えねェと」

ラビはを腕に抱きながら、適当な理由をつけて笑う。

「一日このままじゃ流石に不便さ」
「そ……っかあ……そうだね……」

しゅんと俯くリナリーは、やっぱりとても可愛い。
ラビが胸をときめかせていると、彼女の後ろからここぞとばかり科学班員達が身を乗り出した。

「勿論、着替えたら此処に戻ってくるんだろ?二人とも」
「……は? そりゃあまあ、」
「流石に教団内その姿でふらふらしてたら大パニックだもんな!」
「えっ、と?」
「大丈夫、朝も昼も夜も、おやつもこっちに持ってきてやるから!」
「全部林檎でいいよな? 勿論うさぎさんにしてもらうから!」
「いや別にそんなの……」
「書類整理とか別にいいから! いてくれるだけでいいから!」
「だから戻ってきてくれ! 頼むから!」
「たまには癒されるようなイベントも欲しい!!」
「コムリンじゃないイベントが欲しい!!」
「ちょっ……怖ェさお前らっ!」

詰め寄ってくる男達の迫力に押され、ラビは思わず後退った。
などもう物も言えず小さな手でラビの服を掴み、ぴったり体を寄せている。
抱き締めるラビの手も、自ずとそれに応えた。
男たちは何がなんでも、この小さな神様とそれを抱き締めるリナリーを科学班で独占する気である。
気を取り直したリナリー本人までもが期待の眼差しで握り拳を携えているのだ。
二人は震えて体を縮こまらせ、それでもラビはじりりと気取られぬように部屋の出口を目指す。
リナリーは、物ともせずに間を詰めてきた。

「また後でね、……早く戻ってきてねっ!」

その純粋な瞳の輝きを、裏切れない。
曖昧に笑いながら、ラビはを抱いて科学班を飛び出した。

「何? 何さアレ!? アイツら皆、変な薬でも被っちまったんじゃねぇの!?」
「ラビ、前みたいに今日も一緒にいてよ……一人じゃ無理だ、あんなの……」
「いいぜって言いたいとこだけど、それ、オレを犠牲にして逃げる作戦さ?」
「ちっ、バレたか」
「バレバレだっつーの!」

廊下を全速力で駆け抜け、建物を出て宿舎を目指す。

「あら? ラビくん?」
「ミランダ?」

ふと掛けられた声に、ラビは思わず足を止めてしまった。

「誰を抱っこして……?」

ミランダがわなわなと震えながらを指差している。

「ひっ、ひ、ひぃぃっ!! くんが小さくなってるううううううるるるるるる……っ」

叫んだまま彼女はふらーっと後ろに倒れ込んだ。

「わーっ! ミランダ!?」
「ちょっと、大丈夫!?」

ラビは慌てて片手でミランダを抱き止める。
なんとか地面に頭を打つことは避けられた。
と二人、ほっと息を吐く。
出来ることならこのまま彼女を介抱してやりたいが、悲鳴を聞き付けて探索部隊がこちらに目を向けていた。
ラビは悪ィ、と一言ミランダに声をかけて、そっと寝かせる。
即座に立ち上がって一目散に駆け、押し寄せる団員達と距離を置く。

「うわあ、寄ってくんな寄ってくんな! ああもうっ、何て一日さ!」

の手が服を掴む。
彼がラビの胸に顔を押し付けて、呟いた。

「ほんとごめん、巻き込んで」

ラビは目を瞠り、それから小さく苦笑する。
柔らかな金糸をくしゃりと撫でて、ぽんぽんと叩いた。

「まったく……付き合ってやるさ! しょーがねェから!」









181114




「主人公が怪しい薬品で小さくなってしまう話」
2018Birthday、祈様からのリクエストでした。ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします!