燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
18'Birthdayリクエスト「まだ甘えていてもいい?」
Another story Thomas(燔祭Another:トーマス生存版)
今年の十一月は、珍しく、それはそれは静かだった。
そもそも、なぜそんな半端な月に毎年大騒ぎになるのかといえば、答えは「教団の神様」の誕生月だから。
では、なぜ今年は静かだったのかといえば、単にその「神様」が本部を空けていたからである。
「おい、さっき科学班から聞いたんだけど、様がお帰りになるそうだ!」
神田は食堂で蕎麦を啜りながら、顔を顰める。
五月蝿くなってきた。
食堂中のあちらこちらで歓声が上がっている。
どう出迎えるか。
弔いを頼まなければ。
流れてしまった誕生祝いをどうするか?
「(俺には関係ねぇ)」
素早く蕎麦を食べ終えてこの喧騒から逃れよう。
そう思った神田の前に、ドン、と器が置かれた。
弾みで蕎麦の汁が揺れる。
今日のAセット、焼肉丼定食のトレイをテーブルに叩きつけたのは、トーマスだ。
腰を下ろす前に周囲を軽く睨め付ける。
彼は、その幼馴染みのように空気を支配したりは出来ない。
けれど音に気付いた数人の探索部隊は即座に口を噤んだ。
神田ほどではないが、この男は時に恐ろしく近寄りがたいのだ。
「ここ、いいよね?」
「チッ……余所行く気はねぇんだろうが」
にこりと向けてくる笑顔はそれはそれは無邪気で、神田の苦手な笑顔でもあった。
トーマス・ジラルド。
エクソシストで、イノセンス「神殺しの槍」の遣い手、そして・の幼馴染み。
肉も魚も受け付けられない幼馴染みの隣で食事をするときは、自分も決して生き物を食さない。
トーマスは、そういう奴だ。
に向けるその思いの強さが、元来人当たりは良いだろう彼と周囲を衝突させる。
「がね、帰ってくるって」
「そうか」
「三ヶ月だよ……やっぱ長すぎたよね」
「そうか?」
「そうだよ。お前だって三ヶ月もジェリーさんの蕎麦食えなかったら、長いと思うだろ」
「……そうかもな」
それはそこそこ納得のいく例えだった。
なら、幼馴染みの帰還をもっと喜んでやれよ。
どうしてこんなに口数が少ないのか、神田はちらとトーマスを見上げた。
最近、派遣された探索部隊が途端に全滅させられる事件が相次いだ。
全滅というのは、それだけでは終わらない。
その場には大量のアクマが残されるものだ。
は、その残党狩りに使われた。
あわよくば生存者を連れて帰還せよ、と。
明らかにトーマスが別の任務に出ている間を見計らって下された命令だ。
金色は微笑みさえ見せて素直に発った。
ややあって帰還したトーマスが顛末を聞いてコムイに殴りかかり、代わりにリーバーが殴られた事件は記憶に新しい。
「、大丈夫かな」
手に握るのは、彼が三ヶ月前に用意していた小さなバースデープレゼントだ。
任務先で買い求めた栞を、さりげなく渡すつもりでいるのだと。
「科学班も医療班も落ち着いてるんだ、大丈夫なんだろ」
「……だと、いいけど」
「よかったな。その栞、」
神田が指差せば、口いっぱいに肉を頬張りながら、トーマスが首を傾げた。
「クシャクシャにしちまう前に渡せそうで」
「むぐっ! なっ、何ヵ月持ってたってクシャクシャにしたりしないよ! 神田じゃないんだから!」
「どういう意味だ!」
まったく!
互いに鼻息も荒く、自分の器に集中する。
肉ばかり先に頬張っているからか、トーマスの丼は既にタレの染みた白米だけになっていた。
「……渡すの、やっぱりやめる」
「はぁ?」
三ヶ月、毎日持ち歩いていたプレゼントを、か。
神田は耳を疑って顔を上げた。
「だってだよ? 頑張れないほど頑張って、帰ってくるんだよ。……嫌がること、したくないから」
「……じゃあ最初から何も用意しなけりゃ良かっただろ」
「それはっ! ……それはっ、……だって、さあ……」
フォークを握り締めて。
丼を支える左手の指先が白くなるほど、力を込めて。
「……いつか、喜んで欲しいんだ」
前屈みになって、俯いて。
「生きててごめん、なんて……言わせたくないんだよぉ……」
涙に潰された声が神田の鼓膜だけを震わせたとき、入口から歓声が上がった。
床の辺りから空気が暖められたような、錯覚。
神田も無意識にそちらに視線を向けてしまい、空気に飲まれかけたことに気付く。
思わず舌打ちをした。
トーマスがぐいと袖で顔を拭って、立ち上がる。
「おかえり! !」
誰より大きな声で、そして誰より大きな歩幅で団員達を掻き分け、幼馴染みにハグをした。
「ただいま、トーマス。皆も久しぶり」
「おかえり、おかえり! 怪我はない? 医務室は行った?」
「今から行くよ。……ちょっと林檎食べたくなって」
ある? がカウンターの中に問いかける。
もちろんよー! とジェリーの声が聞こえた。
神田は蕎麦を啜りきって、立ち上がる。
返却台に立ち寄りカウンターの横を通りすぎた。
「おい、」
「ユウ?」
「コレ」
トーマスに抱き締められたままの金色の手に、栞を押し付けた。
「なに? 何これ、……栞?」
「ん? あっ! ちょっと、神田!?」
「そこの馬鹿が三ヶ月握り締めてやがったヤツだ」
三ヶ月? がトーマスを見上げる。
トーマスが決まり悪そうに漆黒から逃れ、彼の肩に手を置いて体を遠ざけた。
「……その……えっと……誕、生日……」
きょとんと目を瞬かせて、がトーマスと栞を見比べる。
食堂中が、つい、食い入るように見つめた。
ややあって、が眉を下げて苦笑する。
「……その割に、折れてるよ、トーマス」
「え……、え? あれっ? さっきまで……あっ! 神田お前、適当に掴んだな!?」
「悪ィかよ」
「悪いよ!」
が吹き出した。
堪えきれないといった風に体を震わせながら、トーマスの肩に顔を押し付ける。
神田の位置からは、栞を持つのと反対の手がトーマスの服を緩く掴んだのが見えた。
「――――――」
くぐもった声でが何を囁いたのかは、聞こえなかったけれど。
ただ、トーマスが泣きそうな顔で、うん、と一つだけ頷いた。
181114
「誕生日から三か月後に遅い誕生日を祝われる話」
2018Birthday、紫陽花様からのリクエストでした。ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします!