月光が辺りを照らす頃。
任務帰りのは、報告書を届けるためにまずコムイの元へと向かった。
御苦労様、と柔らかい微笑み向けるコムイに、も微笑で返す。
とりあえず自室に戻って休もうと踵を返したとき、何かを思い出したような声でコムイに呼び止められた。
「何?コムイ。」
「そういえば、クロス元帥から伝言を預かってたんだった。『任務から帰ってきたら部屋に来い』って。」
疲れてるだろうけど行ってあげて、と念を押され、わかったよ、と、は再び微笑みで返した。
室長室を出て扉を閉めると、は盛大にため息を吐く。
そして、自室とは反対の方向へと足を運んだ。
また酒に付き合わされることは目に見えているのに、師匠の伝言に逆らおうとしない自分を、我ながら偉いと思った。
【ただ、願う】
「師匠、」
部屋に辿り着き、一応入る前に扉を叩く。
しかし、耳を澄ましてみても部屋の中からは何も聞こえてこない。
まさか部屋に来いと言っておきながら、いないというわけではないだろうか。
しかし、師匠のことだから十分に有り得る、とは確かめようとノブに手をかけた。
扉が開き、部屋の様子がの視界に入る。テーブルに並べられたワインのボトル。
そして、長椅子に横になって眠る赤髪の師匠。
「寝てるし…」
確かに本人は居たが、人のことを呼び出しておきながらそれはないだろう。
仕方がない、とは扉を閉めてクロスに近づいた。
決して起こすためではなく、上着でもかけてあげようと思ったからだ。
起こさないように配慮したつもりだったのだが、クロスは気配を感じたのか、薄らと目を開けた。
「…か?」
「……なんだ、起きてたんですか?」
クロスはゆっくりと身体を起こすと豪快に大きな欠伸をし、頭を掻く。
いくら弟子である自分の前とはいえ、人目を気にせず奔放に振る舞うクロスに、本当にこの馬鹿師は、とは本日二度目になるため息を吐いた。
「おい、」
「何?」
「んなとこつっ立ってないで、せっかく来たんなら酒くらい注いでいけ。」
そう言って、テーブルにおかれていたワインのボトルを差し出す。ああ、やはりこれが目的か。
「……ったく、もしかして俺が来るの待ってたとか?」
「一人で飲んでたって美味くねぇだろうが。お前だって酌を取るつもりで来たんだろ?」
確信めいた表情で問われたが、わざわざ肯定してやる気もなかったので、何も言わずに些か乱暴にボトルを受け取った。
しかし、クロスはの行動を肯定とみなしたのか、満足そうだ。
クロスの持つグラスに紅いワインが注がれていく。
そういえば、この感覚は久しぶりだとは思う。
というか、師匠に会うこと自体が久しぶりだ。
クロスは並々注がれた一杯を一気に煽ると、もう一杯注ぐよう促しながら口を開いた。
「最近どうだ?」
「別に、普通。ちゃんとやってるよ。」
空になったグラスにもう一杯注ぎながら、は答える。
「普通ってなんだ。久しぶりなんだからもっと詳しく話せ。」
「何も変わりないから普通でいいじゃん。別に話すほどのことなんかないよ。」
「なんだ、反抗期かお前は。」
やや不服そうにを見る。素直じゃないのはいつものことだが、たまには素直になってくれてもいいだろう。
久しぶりに教団に滞在する時間がと被りそうだとコムイに聞き、わざわざこうして呼び出したというのに。
確かに見た限りでは、最後に会ったときと何ら変わりはないようだ。
しかし、自分がいない間にも、は任務等を通して様々なことを経験し、そして成長しているはず。
日々を重ねていれば、何も変わらないということはないのだ。
些細な出来事でも何でもいいから、話を聞きたい。
まあ彼が拒むのならば、無理に言わせるつもりもないが。
「せっかく心配してやってんだから、少しは素直に答えたらどうだ。」
「心配、ね。どうだか。」
「馬鹿、自分の弟子を心配しない師がどこに居るってんだ。」
が三杯目のワインを注いだところで、クロスはその注がれたグラスをテーブルにおく。
そして別のグラスを手に取り、からボトルを取り上げ、代わりにそれを持たせた。
驚いた表情を見せるを尻目に、クロスはのグラスに残り少ないワインを注いでいく。
「お前も飲め。」
「いつもはくれないのに。」
「今日だけだ。久しぶりの再会を祝して、な。」
「…やっぱり師匠、今日なんか変なんだけど。」
「たまには、いいだろ?」
クロスはボトルをおき、グラスを持ち直す。
ワインの揺れるグラスをの方に傾け、乾杯を促した。
直後、グラスの交じる音が響き、互いの手に握られた紅は月の光に反射し、美しい煌めきを放つ。
「次の任務はいつだ?」
「さっき帰ってきたばっかりだから、まだわかんない。」
「そうか。…くれぐれも、無茶はすんなよ。」
いつもにはない神妙な面持ちのクロスを、はやっぱり師匠らしくないと思う。
しかし、同時にクロスの心情も少しは察したようで、やや戸惑いがちに視線を逸らした。
「……うん、わかってるよ。」
ああ、何だか調子が狂う。
しかしそれを悟られたくはなくて、は自分を誤魔化すようにしてワインに口をつけた。
END
2009.8/31
風鳥さまより、相互記念に戴きました。
ありがとうございました!