燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









「それでも」
1.Komui Lee



「生きていてくれて、ありがとう」

その声を聞く時、僕達は
貴方に生かされていることを思い出す

「もう、大丈夫」

黒衣を翻し、金糸を風に遊ばせて
貴方が進み出る
たった今
自分が生を受けたかのような、錯覚

温かく染み渡る微笑が
そのまま、堕ちた人間へと向けられ
貴方は徐に腕を上げる

それは言わば、生命の指揮棒(タクト)

「主よ、彼らに赦しを」

紡がれる祈りの言葉が
届くことなど、あるのだろうか

それでも
やがて振り返るその瞳は
この世界の、僕達の、途方のない愚かさを
全てを吸い込んで、贖い、赦してくれる

決して揺るがぬ慈愛と
歓喜を呼び起こす希望の光を纏って
佇む貴方に、忍び寄る暗い影

廻り廻る、哀しみの歯車
嗚呼、貴方は

こんな世界を、望まなかっただろうに









「それでも」
2.Lenalee Lee



空の下で響く、鎮魂歌(レクイエム)

神にも見放された、この檻の中で
貴方が真っ直ぐに立っていたことを
覚えている

追ってくる闇から逃げる私は
ただ、光の待つ方向へ
私を受けとめてくれる
優しい光のある場所へ

私の世界に
色と温度を与えてくれた
貴方が吟う、その場所へ

嗚呼
神々しいとは、このことを言うのね
闇だってきっと、勝てやしない

それでも
貴方は、歩いていく

その背で私を庇って
長い長い道を
全てを背負って、歩いていく

遮るものなど何も無いと
吹きつける風さえも、力に変えて

貴方だって、寒かった筈なのに









「それでも」
3.Lavi



何故人は争い続けるんだと呟いたら
貴方は、風のように嗤った
ふわりと通り過ぎる風のように
世界を嘲笑った

意外だった
そんな顔を、するなんて

「神が人に救いを与えると思うか?」

そして、俺を抜き去って
前へ、前へと

そうか、貴方には愚問だったのか
貴方にとっては、既知の真実だったのか

神を嗤う貴方はまるで
俺達の前に降り立った、新しい、神
全てを知り、全てを見つめ、全てを愛し
俺達が望むこと全てを、赦す神
一度目にしたら、決して視線を逸らせない

それでも
俺は、知っている
君が人間だという事実を、知っている

けれど君が前へ進むから
俺達の希望を背負って、進むから
いつしか俺達は、貴方に縋り付く

存在に安堵し、眼差しに見惚れて
貴方が守る一瞬に胸を焦がし
俺達は
限りなく甘い世界に身を委ね
永遠に続けと乞い願う

響き渡る、君の悲鳴に気付かずに









「それでも」
4.Yu Kanda



自分のことを後に回して
人のことばかり心配する
お前が、気に食わない

今だって、いつだって、そうだ
嘘みたいな笑顔を並べて
人のことばかり気にかける

何が大丈夫なんだ
何で確信したように言えるんだ
お前は
お前に、怖いものは無いのかよ

その時、気付いてしまった
俺だけに向けられていた、笑顔の意味に

苦しいと叫ぶ、微笑
寂しいと叫ぶ、微笑
哀しいと叫ぶ、微笑
切ないと叫ぶ、微笑

それでも
俺達を守る為に
お前は、笑い続ける
器用に全てを押し殺して
笑い続ける

貴方にだけは、勝てないと思った

だから俺は
貴方を支えると誓おう
立ち止まった貴方が
その身を支える、剣になろう

例え、お前をそこに縛り付けようとも









「それでも」
5.Allen Walker



貴方はいつも
立ち止まる僕の手をひいた
俯く僕に声をかけ
前へ進めと背を押した

どんなに暗い夜でも
貴方だけは輝いていた
夢を違えるほどに
眩しく輝いていた

僕は信じていた
この光が消えることなど、ありえないと
あっていいはずが、無いのだと

だから思いもしなかった
貴方の夢が、闇に染まっているなんて

貴方が斃れてしまったら
僕は、僕達は、どうしたらいいんだろう

待って
行かないで
弱かった僕達を、赦してください

淡く光る希望に
僕達は、取り縋る
貴方の優しさに、甘えてしまう

それでも
貴方は、微かに笑った
光が息を吹き返す

ごめんなさい

その光を消すのは、きっと









「それでも」
6.Arystar Krory The Third



出会った瞬間に
貴方は特別な存在なのだと、理解した

何故と問われれば、答えに困る
言葉ではとても、言い表すことが出来ない
そんな簡単なことではないのだ
もっと胸の奥
魂を根底から揺さ振られるような、感動

吹き飛ばされそうな私を
確かに掴んでくれる、貴方の手
精一杯伸ばした手を
しっかりと握られた安心感

眼前に広がる闇の中で
道を指し示す、灯

私など、足下にも及ばない

そう言えば、貴方はまた、笑うだろう
諦めたような瞳で、笑うだろう

あの夜のように
差し込む月光の中で
ただ、笑うのだろう

それでも
私は繰り返す
嗚呼、神よ
貴方が赦す限り
何度でも何度でも、繰り返す

貴方を遠く、引き離すように









「それでも」
7.Bak Chang



嘘だ
嘘だと、信じたい

神よ、もしも居るのなら
答えろ
何故、彼でなければならなかったのか
納得のいく答えを、返してみろ

打ち沈む僕の気持ちを
掬い取ったのは、やはり君で

微笑んで、首を、横に振る

すまない
君を駆り立てたのは、僕だ
君に世界を背負わせたのは
他でもない、この僕だ

怒ってくれて、罵ってくれて、構わない
君には、確かにその権利がある

それでも
君は再び立ち上がり
その両足で、大地を踏み締めた
少しだけ俯きながらも

微笑んで、首を、横に振る

神よ、もしも居るのなら
誓え
世界の苦しみを引き受けた彼を
必ず救うと、そう誓え

貴方は、何も出来なかったのだから









「それでも」
8.Cross Marian



お前は、変わっていく
お前は、見る度に変わっていく

暗闇の中で、膝を抱えていたお前は
いつの間にか一人で立ち上がり
再び、誰かを支える強さを得た

あんなにも世界を恐れていたお前は
いつの間にか一人で歩き出し
再び、人を愛することを覚えた

何が変わったわけでもない
本来の自分を、取り戻しただけなのに

変化を感じてしまうのは
そこに、足りないものがあるからだ
彼らに囲まれたお前の
輝くような、最上の笑顔が
お前の中から、消えてしまったからだ

それは、一つの欠片がもたらした
大きすぎる、寂寥感

それでも
お前は、まだ前へ進むと言うのか

何をしても、あの時はもう戻らないと
あの一瞬は、もう二度と
お前の許に戻って来ないのだと
知って、いるだろうに

過去と悪夢に縛られながらも
想い出をその腕に抱き締めて

永遠に、満たされることなく









「それでも」
9.Miranda Lotto



ずっと一人で抱えてきたのね
私達に、心配をかけまいと
私達が、安心して貴方を頼れるように

ありがとう
いくら感謝しても、まだ足りないくらい
本当に、ありがとう

皆は、貴方に赦しを望むのかしら
だけどそれでは何も変わらない
貴方が更に辛くなるだけだと
私は、知っている

情けないけど、自信は、無いの
だけど貴方の為なら、頑張ってみせるから
どうか私を頼って
今までもらった優しさを
今度は私が、貴方に返すから

私がそう言えば
貴方は、笑うでしょう
困ったように、笑うのでしょう

それでも
私は引き下がらない

だって、こんなにも寂しい横顔を
こんなにも哀しい背中を
私は、他に見たことが無いのだから

お願いします
彼を神だなんて、言わないで
私達と同じ、人間だから
お願い、

彼を、愛してください









「それでも」
10.Elia Ravel



十年後のぼくへ。



お元気ですか? ぼくは元気です。
いま、なにを考えていますか?
ぼくは、あしたのことを考えています。
父さんが帰ってくるからです。

十年後のぼくが何をしているか
今のぼくにはさっぱり分からないけど
一つだけ、ぜったいに言えるのは
エリザがとなりにいるってこと。

エリザはどんな女の子になりましたか?
今だってこんなにかわいいんだから
きっと、もっとかわいいんだろうな。
早く大きくなりたいです。

もし、ぼくに好きな人がいるとしても
エリザのことを、一番に考えてあげてね。
あの子を守るのはぼくだって
母さんとの、たいせつな「やくそく」。
ぼくもがんばるから
十年後のぼくにも、がんばっていてほしい。

だから、「やくそく」だよ。
何があっても、生きてください。
ぼくがしっかりしないと
エリザが泣いちゃうから。
しんじゃだめだよ。
エリザが泣くようなこと
ぜったいに、したらダメだよ。

あ。
いつのまにか、エリザがねています。



十年後のぼくへ。
ぼくは、今、幸せです。
このねがおを見ているだけで幸せです。
かなしいことがあっても、幸せになれます。

どうか、この手紙を読んでいるぼくも
幸せでありますように。
そして

どんなに悲しくても
どんなに苦しくても
どんなにぼくが、辛くても

それでも

ぼくのとなりにいるエリザは
もっともっと、幸せでありますように。



十二月二十三日
九さいのぼくより












100516