燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
Another story 2018クロス誕「何があなたに相応しい?」
朝食の後、うとうとと眠りかけたのベッドに潜り込む影がある。
気付いた時には顎のあたりに可愛い顔が覗いていた。
「んぅ…………?」
「あのね、お兄ちゃん、今日ね、お誕生日だよ!」
「んん……? おたんじょうび……?」
起ーきーて! 鼻を摘ままれ、顔を顰める。
「はなして……誰のお誕生日?」
「師匠!」
「……へ?」
鈍く痛む頭を押さえつつ、布団を剥いで起き上がる。
「そうなの?」
「そう! だからね、お兄ちゃん、とお買い物、行こ!」
思い立ったが吉日、こっそりクロスの愛人ジェシカの家を抜け出して、二人は町に繰り出した。
の手をぐいぐい引いて歩くの足取りに迷いはない。
この町ももう長い。
外に出るたびに楽しそうにきょろきょろしているは、店にも心当たりがあるのだろう。
魔女の看板が印象的な雑貨屋だ。
この店の前は何度も通っているので、も覚えている。
こんにちはぁ、と軽やかに言うは扉を開けきれない。
は上から少し扉を押してやった。
「何を買うの、」
店主にこんにちはと挨拶をして、が向かった壁際についていく。
は自作のメロディ『ししょーのおたんじょーび』をふんふん歌いながら、小さな木の皿の中を見ていた。
「あのねぇ、えっとねぇ、髪飾り!」
「髪飾り? ……師匠に?」
「うんっ」
嬉しそうに笑う姿はそのまま閉じ込めておきたいくらい可愛い。
でも、そのチョイスはいかがなものだろうか。
「? 『師匠』にあげるプレゼントなんだよ?」
「うんっ、プレゼント! プレゼントは、自分がもらって嬉しいものをあげるんだよ!」
ジェシカさんが教えてくれたのー。
は項垂れる。
ジェシカさん、なんて分かりにくいことを吹き込んでくれたんだ。
「それは、そうかもしれないけどね? でも、師匠がそれ、使うかな?」
妹はきょとんとを見上げた。
「だったら、嬉しいよ?」
「そっか……うん……、そうだね……」
楽しそうだからいいや、と微笑む。
クロスの誕生日は、それはそれで大事だけれど。
優先順位は「が楽しんでいること」が遥かに上だから。
「(せっかく来たんだから、僕もなにかあげようかな)」
店内を見回して、クロスが使ってくれそうな物を探す。
ところで、クロスが貰って嬉しいモノとは何なのだろうか。
お酒? 女の人? それとも帽子とか?
思い付くものは、流石にどれだけお金を積んでもには選ぶのが難しい。
だいたい、女の人なんてどうやってプレゼントするのだ。
はあげられないし、そもそも人はプレゼントではない。
他のもので、クロスを喜ばせられるものって、何だろう。
「うーん、……迷っちゃうなぁ……」
「決めたーっ! はこれにする! おじさーん!」
花飾りのついたキラキラの髪留めを握り締めて、が店主のもとに向かった。
慌てて顔を上げる。
の事だ、買い物が終わったら、すぐに帰ってクロスに会いたくなってしまうに違いない。
「待って、僕も!」
手の近くにあった商品の中で一番記憶に残ったものをひっ掴み、は急いで代金を支払った。
何も言わずに家を抜け出したので、玄関で待ち構えていたクロスに軽く拳骨を落とされた。
事情を察したジェシカの口添えもあり、だいぶ手加減されたものをが一発、は二発食らう。
「で?」
ソファにふんぞり返ったクロスが、床に座った兄妹を見下ろした。
「オレの誕生日プレゼント?」
「そうだもん……プレゼントだもん……」
頬を膨らせて、けれど買い物の帰り道よりはずっと気持ちを落ち着けて、が頷く。
「誕生日か……今更祝われるような歳じゃねェけどな。それで?」
笑みを含んで促す優しい声に、が顔を上げた。
クロス・マリアンは本当に、女の子に対して向ける顔が優しすぎる。
は少しだけ妹の身を案じながら、彼女をちょんとつついてあげた。
「ほら、渡すんでしょ、」
「う、……うんっ!」
スカートの後ろに隠していた紙包みを取り出して、がぴょこっと立ち上がる。
「おじちゃ……師匠っ、お誕生日、おめでとう!」
「、そこはな、最後に『師匠、大好き!』をつけとくもんだ」
「そうなの? じゃあ、師匠、大好きゅむぐぐ……」
の口を手でぱふんと塞ぎ、悪いオトナの企みを阻止する。
「ちょっと師匠」
ぎろっと睨み付けると、クロスは視線を逸らした。
「すまん」
「んぱぁっ……それより師匠! 開けて開けて! 、いっしょうけんめい選んだの!」
「分かった分かった……ったく、お前の兄貴がおっそろしいもんだから……。……あ?」
ぶつくさ言いながら、クロスが紙包みを開けて、固まる。
そっとに視線を向けてきたが、咄嗟に目を逸らした。
というより気まずくてもクロスを直視できない。
だって結局、は、女の子用の可愛らしい髪飾りの購入を止められなかったのだから。
奇妙な沈黙を保った二人の間で、が一人、にこにこゆらゆらしている。
――あ、褒めて欲しがっている。
師弟間にテレパシーが発生した。
花の髪飾りをしばし見つめたクロスは、うん、と一つ頷いての髪に手を伸ばす。
首を傾げる彼女の髪にぱちんと飾りをつけて、師は満足そうに笑った。
「師匠? つけないの?」
「オレが自分でつけてたら、折角可愛いのが見えねェだろうが」
「あっ、そっかぁ」
「(さ、さすが……)」
大人ってすごいな! は感心して、ぱちぱちと瞬きをした。
ありがとう、などと言われて、良く似合うと褒められて、頭まで撫でられて、はすっかりご機嫌だ。
ああ、今日はこんなに可愛いを何度も見られて、いい日だなぁ。
は微笑んで、それを眺める。
すると、ちょいちょいとクロスから手招きされた。
「何?」
「お前も何か持ってるじゃねェか。ほら、特別に貰ってやるから見せてみろ」
「あ……」
そういえば、もプレゼントを買ったのだった。
「(でも、どうしよっかな……)」
別に、はほど真剣に悩んだわけじゃない。
そうと知らぬクロスがの腕を掴んで強引に近くに引き寄せる。
けれど、逆の手に持つ包みを無理に奪い取るようなことはしないのが、この赤い人なのだと知っている。
は、迷って、そして包みをきゅっと握った。
結局、お祝いというのは気持ちなのだと思う。
プレゼントが相手の気に入るよりずっと、祝福を届ける方が大事だ。
だから、はいっぱい、いっぱい微笑んだ。
「……お誕生日おめでとう、師匠」
レースの白いハンカチ。
胸ポケットにそれを入れたクロスはきっとおしゃれだ、誰よりも。
本人を前にして想像を膨らませながら、は包みを差し出す。
その瞳がに負けず劣らず煌めいていることは、本人だけが、知らない。
「『師匠、大好き!』は?」
「えっ……? いっ、言わない!」
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