燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
Another story「これが、最後」
毎年毎年、とてつもない規模だ。
何でこうなったのだろう、は苦笑する。
他の団員の誕生日もこのようにしたとすれば、教団は本来の任務に支障を来してしまうだろう。
廊下の飾り付け。
数歩歩くだけで掛けられる祝いの言葉。
が隣で笑う。
「今年も凄いね」
「そうだな。正直、ここまでして貰わなくても良いんだけど……」
「ふふっ。私は皆の気持ち、分かるなぁ。ついつい気合い入っちゃうの」
タッと一歩前に出て、が肩越しに振り返った。
「あのね、今年のケーキも頑張ったから!」
その自慢気で得意気な珍しい表情に、の胸が温かくなる。
「楽しみだよ」
「えへへ……でもほんとは、ケーキって言う感じじゃないの」
「うん?」
「着くまで秘密っ。早く行こう!」
金髪の間から、赤くなった耳が覗いていた。
はつい微笑む。
「引っ張るなって、」
に腕を引かれて食堂に入った。
途端に四方八方から弾けるクラッカーの音色に驚かされる。
「誕生日おめでとう!」
口々に降り注ぐ言葉に、は少し照れながら笑った。
「ありがとう」
此方にやって来る者もいれば、遠巻きにしながら早くもジェリー作のご馳走に舌鼓を打っている者もいる。
漂う空気の温もりが心地いい。
此処に集まった人々は少なくとも一時、日々の悲しみから解放されている。
たかが誕生日だけれど、その為の装置として機能できるというなら喜ばしい。
は、科学班やエクソシストが集う奥のテーブルに向かった。
「、おめでとう」
「ありがとう、リナリー。皆も、わざわざありがとう」
「おう、おめでと。いやあ、今日は調子良さそうで安心したよ。一昨日は焦ったからさあ」
タップの手が、優しく髪をかき混ぜる。
「あはは、いつも面倒掛けてごめんな」
「気にしない気にしなーい! ほら、それより何食べる? 取るよ!」
背中を叩くジョニーの厚意に甘え、片端からテーブルの上の料理を取り分けてもらった。
今日は端から端まで、全てが食べられるラインナップだ。
「でもなー。よく食うのに本当、身長は伸びねぇな、は」
余計なことを言うラビを拳で沈める。
神田が隅の方で呆れたように鼻で笑った。
視線が絡み合うと、相手は気まずそうに目を逸らす。
思えば、先週の鍛練で顔を合わせた際に彼を伸して勝ち逃げをしたのだった。
「(機嫌、とっといた方がいいかな)」
「お兄ちゃん」
「ん? ああ」
愛しい声が、思考の淵からを呼び戻す。
が持つ皿には、林檎の形をしたアップルパイと、林檎の形のキャンドルが乗っていた。
は目を瞠る。
菓子なら一通り作ってみせる妹だが、まだパイの類には挑戦したことが無かった筈だ。
「練習したの」
「……知らなかったよ」
「バレないように頑張ったもの。ね、?」
協力したであろうリナリーが、隣で誇らしげに笑った。
が頷く。
「蝋燭消して、お兄ちゃん」
はにかんで言う妹に、周囲からも温かな眼差しが送られている。
この他愛もない一瞬は、かけがえのないものだと。
あの村で刻み付けたと思っていたのに。
人は何故、流れるように日々を過ごしてしまうのだろう。
――こんなにも、尊いのだから
きっと何度でも刻み付けるべきなのだ。
今、生きていること。
守った人々が自分の周りを囲んでいること。
リナリーや、仲間達がいること。
妹が此処にいること。
全てのことが震えるほど愛おしいものだ、と。
背中に当てられた温かな手に振り返れば、コムイがにっこり笑って頷いた。
は冷たい拳を軽く握る。
大きく息を吸い、吹き掛けた。
火が揺れて、消える。
起こる拍手の音を、鼓膜が、心が記憶する。
この音の一つ一つが、自分が生きた証だ。
他の誰でもない、が自分で望んだ世界だ。
だから、笑顔になれた。
「ありがとう、皆」
幸せなんだ、とても。
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