燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









Another story「シアワセを掴む」









静まった大聖堂、他に人影はない。
けれどもしも、幽霊というものが存在するのなら。
安置された四つの棺の主達は、エリザを取り囲み、怨みの篭った目で見下ろしているだろう。
何故、来てくれなかったのかと。
何故、責を果たさないのかと。
何故、「神」を送ってしまったのかと。

「……私が、弱いから」

跪き、手を組み、頭を垂れながら、エリザ・ラヴェルは呟いた。
イノセンスを怖がるようなエクソシストに、価値が無いことくらい、分かっている。
ましてや名乗り出ることも出来ない自分では、応援に加わっても意味がない。

「……私が、弱いから……」

自分が弱いから、他へ、最も大切な者へ皺寄せがいく。
そんなことは嫌だと泣きながら、どこかで自分が難を逃れたことを安堵する。
そんな醜い自分の姿を、知っている。
エリザは、十字架を見上げた。
自分が何をしているかなんて。
自分が、一番よく知っている。

「(皆は悪くない。皆は、きっと悪くなんか、ない)」

けれどそう言い聞かせていないと、理不尽に家族へ当たり散らしてしまいそうで。
そのたび、エリザは此処へ跪く。

「……全部全部、自分のため」
「何が?」

後ろから掛けられた声に、驚いて振り返った。
よ、と軽く手を挙げて笑うのは、ラビ。
エリザは立ち上がった。

「ラビ! おかえりなさい!」
「ただいま。あー、疲れたぁー」

癒し癒し、と言いながら近付くラビは、あちらこちらに掠り傷を作っている。
それでも、大きな怪我は無さそうだ。

「よかった……」

安堵の溜め息に乗せて、笑顔と涙が自然に浮かんだ。
ラビが苦笑する。

「泣くなって」

指で小さな雫を拭い、エリザは肩を竦ませて答えた。

「だって、安心したから」
「涙が勿体ねぇさ」

快活に笑うラビに、わしわしと頭を撫でられる。
そしてその笑顔のまま、彼は不意に話を盛り返すのだ。

「で、どうした?」

エリザはぱちぱちと瞬いて、呟きを聞かれていたことを思い出した。

「ううん、なんでもない」

兄を真似て微笑む。
ラビがふうんと首を傾げて、十字架を見上げた。

エリーのことか」

普段は気安いこの人は、いつだって一番鋭い。
うん、ともううん、とも言えずにいるエリザに、眉を下げて彼は笑い掛ける。

「ごめんな。もっと早く帰ってこれたら、オレが行けたのに」

エリザはすぐに首を振った。

「ラビは、何も悪くないわ」

そう、ラビは何も悪くない。
スーマンとリナリーの任地から応援の要請が入った時。
近場には、自由に動けるエクソシストが一人も居なかった。
神田、マリやデイシャは任務中、ラビは海の向こうにいたのだ。

「……誰も、悪くなんかないの」

だからこそ、その応援要員は本部に待機していたエクソシストから選ばれた。
エリザが躊躇っているうちに、「いつものように」兄が医療班を振り切ってしまった。

「じゃあエリザだって、何にも悪くないさ」
「(いいえ、ラビ)」

医療班が兄やコムイに向ける小言は自分に向けられるべきもので。
おかえり、の言葉には罵声が返って然るべきで。
泡のように柔らかく甘やかな思いに包まれることを厭いながら、それでも一歩を踏み出せない。

「(私が、何をしているのか)」

何をしてしまっているのか、自分が一番よく、分かっている。









イライア、どうして……どうして私達の願いだけ、叶えてくれないの」

婦長の言葉が、頭を過る。
窓の外を見ながら、イライアは窓枠に頬杖をついた。

「(ごめん、婦長)」

出来ることなら、叶えてあげたいと思うけれど。
彼らの願いは、イライアの望みに反するから。
だからいつも、心配と迷惑ばかり掛けてしまう。

「(ごめん)」

今の自分に回される任務は、厳しい。
派遣された探索部隊が、全滅していることはざらにある。
住民や、エクソシストまで犠牲者が出ている時も多い。
仕方がないのだ、これは、コムイの優しい配慮なのだから。
イライアの任務を減らすために、彼は随分苦労して大元帥を説得してくれた。
そうしてやっと、本部を守るという大義名分を得た。
望みを果たすために、この好意は、甘んじて受けるべきだ。
けれど。

「……これはこれで、きついな」

――でも、名乗りを上げたのは、自分だ

自分で、自分に任務を課した。
誰の責任でもない。
そうだ、これは、望みを叶えるために、自分自身で決めたこと。
イライアは体を起こし、揺れる車内で立ち上がった。
手を伸べると、ゴーレムがすいと擦り寄ってくる。
指先で撫でて、通信のスイッチを入れた。

「リナリー」

少しの雑音。
その後で、囁くような彼女の声が聞こえた。

『……イライア……?』

窓の外には、市街地が見える。
進行方向に上がった土煙が、一瞬でかき消えた。
あれは恐らく、スーマンだ。
怪我をしたらしいリナリーは、街中で一時身を潜めているのだろう。
イライアは車両の端まで移動した。

「近くまで来たよ。無理に戦わないで、そこで待ってて」

擦れ違った車掌に、座席を指差し、苦笑しながら軽く頭を下げる。

『ありがとう……イライア、あのね、』
「大丈夫」

そんな泣きそうな声で、次に言われる言葉なんて、もう知っているから。
微笑んで、それを制した。

「大丈夫だ。三人一緒に、本部に帰ろう」
『……っ、うん』
「すぐに行くから」

通信を切り、ゴーレムを襟元に仕舞い込む。
外に出て、轟と唸る風の中、柵に足をかけた。

「(これでいいんだ)」

自分が生きてる間に戦争が終われば、エリザは戦わなくて済む。
自分が死ぬまでに少しでもその基礎を築けば、妹が、家族が平和な世を生きる確率が上がる。
共に生きる願いが絶たれた未来へ、それでも希望を託せるのなら、自分は。
酷いエゴだと、責められたとしても、自分は。

「これで、いいんだ」

イライアは強く踏み出して、宙に躍り出た。
この先で、家族が待っている。










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