燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









06.口実なんていらない









草木も眠る丑三つ時。
と、東の国では言うらしい時間にも、世界各地から帰還した探索部隊達の注文は途切れない。
その中に、慣れた気配を感じてジェリーは顔を上げた。
珍しいのは、その気配がやたらと荒々しいという点だ。
探索部隊がざわめく。
近付いてきた黄金は、震え上がる周囲を顧みることもせずカウンターに身を乗り出した。

「ジェリー!」
「な、なぁに? 

流石に冷や汗をかきながら問えば、が大きな溜め息をついて項垂れた。

「……ちょっと厨房貸して」

――かくして、彼は今、不機嫌を隠さないぶすっとした顔で、エプロンの紐を結んでいた。
選び出した食料は調理台に並べられている。

「勿論大歓迎なんだけどね、でもいきなりどうしたの?」
「……師匠がさぁ」

ちっ、と神田も吃驚な舌打ちを一つ。
が紙に包まれたクリームチーズを手に取った。

「つまみ作ってこいとか言い出して」
「こんな時間に?」

まだ飲んでいたのか。
そんな思いを込めて聞き返すと、彼は包丁を握る手に力を込めた。

「そう……こ、ん、な、時間に!」

迷いなく、包丁がタン、タン、と振り下ろされていく。

「(チーズってそんな軽快に切れるものだったかしら……)」

ジェリーは思わず忙しなく瞬きをした。
切り終えたクリームチーズを皿に並べながら、が唸る。

「ったくいつまで飲む気でいるんだ、あのクソ親父……」
「ま、まあまあ」

曖昧に笑いながら、彼の肩を押さえると、いっそう深い皺が眉間に刻まれた。

「もう、言ってくれたら作ってあげたのに。ったら律儀ねぇ」
「ジェリーが作るものは凄すぎてバレちゃうよ」

ママレードを皿の端に盛ったところで、がミニトマトを手に取った。
手際よくヘタを取り、実をザルに放り込む。
見間違いでなければ、彼は迷いなくこれらの材料を揃えていた筈だ。
ジェリーは小さく笑った。
クロスの部屋から此処に来る迄の道すがら、しっかりメニューを考えて来たのだろう。
なんだかんだ言いつつ、可愛らしいくらい素直で一途だ。
彼はさも不愉快であるかのように唇を尖らせて、流水の中でトマトを洗う。

「……俺なんかに酌させなければ、ハムでもサラミでも、何でもつまみに出来るのにさ」

ぼそっとした呟きに、ジェリーは堪えきれず、ぷっと吹き出した。
が、トマトを手で転がしながら此方を睨む。

「きっと、本当はどんなおつまみも要らないのよ」

ふふふ、と笑いながら黄金を優しく撫でてやった。

と一緒が、良いんでしょ」
「それは、……分かってる、けど……」

が俯いて、もごもごと答えた。
取り繕うように乱暴にザルを振って水気を切り、ミニトマトを皿に並べる。
真っ赤になった耳に気付かないふりをして、ジェリーは戸棚から干し葡萄を取り出した。

「これもどう? きっとワインに合うわよ」

皿の端に干し葡萄を乗せてやり、彼の背中をバシ、と叩く。

「うわっ」
「さっ! 片付けておくから、早く戻ってあげて! 拗ねちゃわないうちにね」

珍しく吃りながら、ありがとうと呟いて、が厨房を出ていった。
赤いままの頬も、着けたままのエプロンも。
きっと彼の師の頬を緩ませるのだろう。

「(可愛いんだから)」

ジェリーはくすりと笑った。








(主人公14歳)

140210