燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









05.想い流れて









一体いつから「そういう」関係を持つようになったのか、は正直覚えていない。
元々、師は性に奔放な人であるし、自分も何度か彼の現場に遭遇したことはあった。
興味が全くないという訳は流石になく、最低限のことは師に聞いたりもした。
何せは、子供の生まれ方だってよく知らなかったのだから。
それがどうして、何も生まない男同士の関係になったのか、やはり覚えていない。
けれど。
ちらりと隣でムードも何もなくいびきをかく師の顔を見た。

「(……変な顔)」

けれど、多分、そう。
最初はきっと、ただ眠りたくて。
何も考えずに深く深く、泥のように眠ってしまいたくて。
この罪深い命を、どうしようもなく痛め付けて欲しくて。

「(多分、願ったのは、俺だった)」

その手段としてクロスが自分の経験の中から選んだのが、「そういうもの」だったのだろう。
願ったことが、ことだけれど、決して痛め付けられた記憶はない。
却って、師の粗暴ではない一面を垣間見ているくらいだ。
己の罪を自覚しきれていない自分だから、僅かながらの矜持はある。
他の誰にも体を許す気は、更々ない。
かといって、物語によくあるような焦がれる想いも、まるでない。
親のような人だなんて、絶対に言わない。
彼との間に緩やかに流れるのは、信頼と、ただの親愛なのだ。

「……師匠」

カーテンの隙間から、朝日が差し込む。
嗅ぎ慣れた煙草の香り。
は温かい毛布の中、クロスの胸元に潜り込んだ。









胸元の息遣いが寝息に変わるのを十分に待ってから、クロスは目を開けた。

「(嗚呼、まただ)」

またやってしまった。
また、求められるままに応えてしまった。
街で美女を口説いた朝は、何も思いはしないのに。
罪悪感なんか、欠片も感じはしないのに。
今はただ、亡き友人の怒声を想像して頭を抱える。
そもそも、彼の余りの自虐心を慰めるための、それだけの行為だった。
それがいつしか、クロスの方が、手放せなくなってしまった。
根底には、きちんと師弟としての気持ちが流れている。
知り合いと言うには深すぎる、子供と大人としての関係だって、変わってはいない。
けれど、稀に、秘めていた不安を、手がつけられないほどに爆発させて。
そうして、溢れない涙を瞳いっぱいに溜め込んで此方を見上げる彼に。
痛ましいと思いながら。
責任の一端が、確かに己にあると自覚しながら。
いつの間にか焦がれてしまったのは、きっと、クロスの方だった。

「……

弟子の望み通りになど、振る舞える訳もない。
どうして、痛め付けるだなんて。
もうこれ以上、何で傷付ければ、何で傷付けば良いというのだ。
クロスにできるのは、持てる経験全てを使って、彼をとことんまで愛し尽くすことだけ。

「(苦しまなくたっていい)」

苦しもうなんて、もう二度と思いもしないように。
これ以上ないほど、優しさと愛で包むことだけ。
それがいつか、叶うことを信じて。
こうして彼を抱き締めて、眠ることだけだ。

「ん……」

が身動ぐ。
安らかな寝顔にそっと笑みを向けて、クロスは目を閉じた。








(主人公13〜14歳)

140210