燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
04.長い夜に
女にフラれた。
これは言い寄られることの格段に多い自分としては大層珍しいことで。
ほんの少し、記憶に留めておこうと思った。
しかしそれ以上でも、以下でもない。
「あたしと弟子とどっちが大切なの!?」
と聞かれ、迷わずに弟子と答えたことが原因だったようだ。
まあ彼女も文句は言えまい。
その直後にを見て、頬を染めて固まっていたのだから。
そのは今、クロスのソファで丸まっていた。
うつらうつらしては、息を乱して目を開ける。
眠りかけた時の涙を溜めた漆黒は、艶やかで切なげで、この上なく愛おしい。
けれどこれは看過出来ることではないのだと、何とか自分に言い聞かせる。
「」
「ん……だいじょうぶ……」
頭を撫でて名を呼べば、虚ろな答えが返ってきた。
まだ何も言っていないのに。
「大丈夫じゃない。ベッド使え、ちゃんと寝ろ」
「……だっ、て……」
――だって、怖い
そう言って、一週間はまともに寝ていない。
昨日は遂に、倒れた方がぐっすり眠れるなどと、あまりにも不健康な考えを笑顔で言い出した。
流石のクロスも閉口せざるをえない。
「ったく」
額に口付けて、抵抗される前に抱き上げる。
ベッドに乗せて、自分も靴を脱いで隣に上がった。
「やだ……」
「分かったからちょっと向こう行け」
「……?」
少し覚醒したのか、怪訝な顔をする。
クロスは軽くキスを落として、彼に跨がる。
彼の上着の前合わせに手を掛けると、ようやくの表情が動いた。
しっかり呆れている。
「あんた……何してんですか」
「気絶したほうがよく眠れるんだろ?」
ニヤリと返すと、失言だった……と小さな声が降ってきた。
馬鹿め、そう笑ってクロスはその唇を塞いだ。
「ちょ、ぅ……」
息を継がせる暇は与えない。
続けざまに、深く深く呼吸を奪う。
服の中にするりと手を入れ、しっかりと彼を抱き込んだ。
「は、……ん……っ」
眠っていないには、少しの間、酸素が入らないだけでも苦しいだろう。
胸を喘がせてこちらを見る瞳には、明らかな抗議の色が浮かんでいる。
クロスは首筋にも一つ濡れた音を落とし、低く囁いた。
「お前一人で寝かせたりするもんか」
大丈夫
その一言で、の身体から力が抜けた。
頬に、ほんの少し冷たい唇が返ってくる。
「朝まで、いてくれる……?」
「明日の夜まで居てやったっていいぞ」
「それは、ちょっと……、っ、」
(主人公15歳)
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