燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
02.好み
「うるせーんだよ!」
「嫌さユウちゃん照れちゃってー」
談話室に響く怒号。
休憩に来ていた科学班の数名が、神田を見て笑う。
完全に遊ばれている。
「まぁまぁ、そう怒るな」
リーバーの声に、神田は舌打ちをしてそっぽを向いた。
「そうさ、ユウ。一言教えてくれれば満足だから。なっ」
よせばいいのに、意地悪い声でラビが蒸し返す。
「だからテメェには関係ねぇだろうが!」
案の定、神田が再び怒鳴り返した。
穏やかな午後。
リーバーは、ふと、自分の膝の上の頭が動いたのに気付いた。
見れば、これでもかというほどに、彼は顔をしかめている。
すっと肝が冷える。
こっそり神田とラビを窺うが、不幸にも、二人は気付かずに口論を続けていた。
「……るせぇな……」
地を這うような低い声が、二人の間に割って入る。
突如聞こえた声に、神田もラビも、口が役目を忘れたように押し黙った。
対して、科学班員は押し殺した声で笑っている。
凍り付いた二人をよそに、がもそもそと身を起こした。
ふぁぁ、と大欠伸をしてからリーバーに笑いかける。
上掛け代わりの白衣を差し出した。
「ありがと」
「どういたしまして」
が立ち上がり、未だに硬直している二人を見下ろす。
先のリーバーへ向けられた微笑みとは遠く掛け離れた、清々しい笑顔。
「俺、任務から帰って二日徹夜したんだ」
「ごめんなさいっ!」
即座に土下座して、謝ったのはラビ。
神田はまた舌を鳴らした。
「チッ……だったらこんなとこで寝てんじゃねーよ」
「部屋まで行くのが面倒なほど眠いときがあるんだよ蕎麦王子」
「そ……っ!」
「ほーら、また怒鳴る」
の軽い声に、神田が反論できずに唸った。
リーバーは視線を感じて辺りを見回した。
どうやら、ラビからの救難信号らしい。
その、あまりにも必死な様子に噴き出して、リーバーはの肩を叩いた。
「そこら辺にしとかないと神田が拗ねるぞ?」
「もう拗ねてると思うよ」
悪気もなく笑って、はソファに戻った。
ラビがほっと一息ついて、ソファを挟んでの後ろへ回る。
いつものように首にぶら下がった。
はしっしっと軽くその腕を叩いて、また欠伸をした。
「何の話したらあんだけ怒鳴れるんだか」
「好きな女性のタイプ、だったよな」
科学班の一人が笑いながら言った。
リーバーもそれを補う。
「最初俺らとラビで話してたんだけどな、途中でラビが神田を巻き込んで……」
「うぶな神田君が俺の睡眠を妨げた、と」
「ユウはもうどーだっていいさぁ」
の首に巻き付いたまま、ラビがへらりと言った。
「だったら最初から話なんか振るんじゃねぇよ馬鹿ウサギ」
不機嫌剥き出しで、神田が吐き捨てる。
ラビは、何も聞かなかったかのように笑った。
口には出さず、リーバーが神田を憐れんでいると、誰かがに尋ねた。
「は?」
「俺?」
問われた方は、一瞬目を見張り、腕を組んで考え始める。
「の聞きたいさ! ユウなんかより気になる!」
「テメェさっきから聞いてりゃ……」
またしても臨戦体勢に入った神田をちらりと見て、が笑った。
「アジアンビューティーとか好きだよ」
「アジア系? ほー、結構意外さ」
ラビに続き、科学班員も口々に感想を漏らす。
はさらりと笑った。
「うん、ユウとかかなり好み」
とりあえず、一番に我に返った自分を褒めてあげたい。
静まり返った談話室の中、リーバーは顔中を引き攣らせて誰にともなく呟いた。
「……え」
見境なく口説きまくる師の影響が、遂にここに及んだか。
消息不明の赤毛の男に、ほのかな殺意が芽生えた。
リーバーに続いて、ラビが再起動する。
「え……ユウ?」
唖然とする二人に挟まれているは、いたっていつも通りの笑みを浮かべた。
「だってツヤツヤの黒髪、惹かれない?」
「いや……あ……?」
「童顔とか、可愛いじゃん」
楽しそうに笑う。
もはや返す言葉が見つからない。
科学班員は呆然とを見つめる。
神田など、常ならすぐさま怒鳴り返すだろうに、彼もまだこちらに帰って来ていなかった。
ラビが引き攣った半笑いで、に尋ねる。
「マ……マジさ?」
「あはは!」
は笑う。
人の心を掴んで離さない、魅惑的な笑顔。
「嘘だけど?」
(主人公16歳)
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