燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
01.謎
「リナリー、今から昼か?」
「うん。班長も?」
「やっと仕事が一区切りついてな……も誘おうかと思ったんだけど」
「お兄ちゃんなら、ラビと神田に誘われて修練場に……」
「うわああああああ!!」
突如、階上から下りてきた悲鳴。
コムリンその他諸々の記憶が蘇り、二人は身の危険を感じて、顔を跳ね上げた。
階段を転がるように、半ば落ちるようにやってきたのは、朱い髪の次期ブックマン。
「ラ、ラビ?」
「どうしたんだ?」
動揺したまま二人は尋ねる。
ラビは顔を上げると、サッとリーバーの陰に隠れた。
「頼むさ! ちょっと俺を助けてあげて! マジ殺される!!」
必死な形相で訴えるその様子に、ますます首を傾げた二人。
その頭上に影が下りた。
まるでスローモーションのように、時間が遅く感じられる。
が、リナリーの前に軽い音を立てて着地した。
「お兄ちゃん!」
「よ、リナリー」
いつもと寸分違わぬ、爽やかで惚れ惚れするような笑顔。
その笑顔のまま、が一瞬でリーバーの背後に回った。
ラビが悲鳴を上げる。
「ちょちょちょちょ、待った! ホント待って! 痛い痛い痛い!!」
思わず飛び退いたリーバーは、リナリーの横に避難する。
呆気に取られる二人の前で、ラビがに羽交い締めにされていた。
は顔色一つ変えずに、階上へ声を掛けた。
「カモン、ユウ!」
今度は黒い影が降ってくる。
神田だ。
「いいザマだな馬鹿ウサギ」
そう言って、彼は愛刀・六幻を鞘から抜いた。
ラビはさすがに青ざめて、必死の抵抗を試みるが、ことごとく全てが失敗に終わっている。
「いいザマとかもうそういう問題じゃないさ! なぁユウちゃん俺ちょっ……タンマタンマ!!」
切っ先を向けた神田が凄む。
リナリーとリーバーは顔を見合わせ、何はともあれ取り敢えず、三人の頭を叩いた。
「で?」
「何やってんだお前ら」
所変わって食堂。
何で俺まで……と打ち沈むラビが、リナリーとリーバーの追求に顔を上げた。
「ひでーんさ二人とも……俺ホントのこと言っただけなのに」
「お前が悪い」
「自業自得だろ」
と神田の冷たい声がラビを追う。
「だからって二人で手ェ組まなくたっていいさ!」
「ラビ……何やったの?」
呆れたように呟いたリナリーの横で、神田が盛大に舌打ちをした。
先の修練場。
仰向けに転がった神田の横に、ラビが崩れるようにうつぶせに倒れた。
「も、もう、駄目さ……!」
「テメ……病み上がりじゃ、なかったのかよ……」
は二人を見下ろし、息を整えながら服の埃を掃っている。
「それ分かっててこのザマかよ」
ゴロゴロ転がりながら、ラビが気の抜けた笑みを返す。
「こーゆーときじゃないとには勝てないさぁ」
「二人掛かりは勝つって言わないだろ。しかも負けてるし」
がそう言って伸びをした。
神田は起き上がり、を見る。
いつもと着ている服が違う。
上はいつものような黒くピッタリした七分丈だが、下は中国風の服だ。
「お前……そんなの持ってたか?」
不思議そうに神田を見たは、少しして、ズボンをつまんだ。
「これ?」
「お、言われてみればそうさ! 珍しい服着てるな」
が腰の帯を結び直す。
「うん。この前アジア支部行った時、肌触りいいねって言ったら、バクが送ってきたんだ」
なるほど、と二人は頷いた。
ラビが顔を寄せて神田に囁く。
「バクちゃん何でサイズ知ってんの」
「……知るか、俺に聞くな」
「何だよ二人して」
怪訝な顔のに、ラビが慌てて首を横に振る。
立ち上がった神田は、軽く首を回した。
「もう一回やるか?」
「んー」
尋ねた先のラビは、神田の後ろで生返事を返す。
「まだやんの? 俺もう腹減った」
は不服そうに眉を歪める。
何か皮肉でも言ってやろうと神田は息を吸うが、結局何も浮かばず、意気込みは舌打ちに変わった。
「チッ……」
「ん? 何が不満だって?」
「何でもねぇ」
「 ――俺、前から思ってたんだけど」
唐突に、真剣な調子のラビが話に割って入った。
振り返る。
「 ――っ!」
声にならない叫びを発し、金色は固まった。
ラビがの腰に手を回し、抱きすくめている。
「何やってんだ馬鹿」
そう言って、神田はラビを見た。
ラビがこちらを見て力説する。
「だって見ろよユウ! 細い!」
「……今更だな」
今度こそ神田は呆れて腕を組み、見て見ぬ振りを通そうとした。
「未だに信じらんねーさ。俺ら、に勝ったこと無いんだぜ?」
傷に塩を塗る発言。
「テメェはまた余計なことを……」
憤る神田の言葉をさらりと流し、ラビはに擦り寄る。
「抱き心地いいさぁー」
その行動に、茫然と硬直していたが動いた。
それこそ細身から繰り出されたとは思えない、重たい肘打ちがラビを襲う。
「うえっ!!」
「っの……!」
顔を真っ赤にしたは、ラビを振り返り声を荒げた。
ここまで怒るも珍しい。
「馬鹿ラビ! 師匠みたいなことしてんじゃねーよ!!」
「お前、元帥に何されたんだ!」
神田はと対照的に、真っ青になって怒鳴った。
いっそ悲鳴のようにが叫ぶ。
「それ以上深く聞くんじゃねぇ蕎麦!!」
腹を押さえ、ラビは情けない顔でを見た。
「、人変わってるさ……」
がツカツカとラビに近寄る。
肌がぞわりと粟立つ空気。
自分らしくないと思いながらも、思わず神田は後退った。
ラビは動けずに震えている。
恐ろしい事に、は笑っている。
「なぁ、ラビ」
兎の襟首を捕らえた、神々しい笑顔。
神田はもう一歩後退った。
「何のつもりだ?」
ガタガタ震えるラビは、笑顔の一瞬の隙をついて、高速で身を翻す。
間合いを取るラビを平然と見つめ、の笑顔が神田に向けられる。
「ユウ……日頃の恨みつらみとか、あるだろ?」
ラビが必死に首を横に振る。
しかし、「寧ろお前に」などと言おうものなら次の瞬間に意識は飛ぶだろう。
我が身は可愛い。
「そ、それが……何だ」
「六幻、持ってこいよ。俺がラビ捕まえておいてやるから」
「共同戦線さ!?」
悲痛な叫びが二人の間を駆け抜ける。
神田は少しだけ考え、に一歩踏み出した。
「……ノッた」
「さっすがユウ」
「マジで!? ちょっ……」
の笑みが、空気を支配する。
「待たねぇよ」
「何て言うか……結局ラビが悪いのよね」
話を聞き終え、リナリーがラビに冷たい視線を向けた。
は話の途中で差し出された林檎に釘付けになっている。
ラビがテーブルに頬をつけた。
「不可抗力さぁ……仕方ないんさ、見てたらなんかもう、こう……」
ラビの眼前にフォークが突き出される。
「ごめんなさいっ!!」
即座に平謝りするラビ。
リーバーは拗ねるの髪を掻き回しながら、こっそり神田に囁いた。
「こいつ……よく修業時代、無事だったな……」
神田が溜め息をついた。
「……疑わしいがな」
(主人公17歳)
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