燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









23'Birthday









コムイは顔を上げた。
司令室の扉が僅かに開いている。
自分の手のひら半分ほどの隙間だ。
リーバーがコムイを監視するためにドアストッパーでも掛けていったのだろうか。

「(まあいいか)」

扉が開いていようがいまいが仕事の進捗に差し障りはない――いや、ある。
視線を感じる。
それなのに、隙間の向こうには誰の姿も見えない。
視線の主を確認しようと腰を上げて、隙間の向こう、胸より下の高さにある目と目が合った。
科学班の中でも背の低いジョニー、よりもっと低い。
子供か? いや、子供なんてこの建物にいるはずがない。
もしや先日、引っ越し準備中の教団本部を巻き込んだあの事件のように、幽霊なのだろうか?
コムイは、恐る恐る声をかけた。

「だ、だれ?」

謎の子供、と思しき人影はコムイをじっと見つめ返したまま言葉も発さない。
やっぱり幽霊の類か、いや、そんな非科学的なもの、科学班室長として絶対に信じないぞ。
脳内で百面相をしていると、やがて扉の隙間はもう少し大きく開いた。
そこからひょこっと覗いた顔は、大きく丸い黒々とした瞳と、それを縁取る黄金色の睫毛が印象的だ。
潤んだ黄金色の前髪の下から、その漆黒の瞳でコムイを見上げた子供は、びっくりするほど「彼」に似ていて。

?」

思わず呼んでしまった。
子供は弾けるように瞬きをした。
きょとんとしたその表情も、よく似ている。

「おじさん、だれ? ここ、どこ? なんで僕のこと知ってるの?」

矢継ぎ早に発された言葉に少なからずショックを受ける。

 「(おじさんっ……)」

いや、六、七歳に見えるこの年頃の子供からしたら大人は全員おじさんとおばさんだ。
気を取り直して、コムイはデスクを回り込み扉の前に向かう。
子供に視線を合わせるために膝をつけば、その子は僅かに身体を強張らせて扉の縁を掴んだ。

「ボクはコムイ。ここは黒の教団の本部で、ボクはそのリーダーだよ。キミは誰?」
「……僕の名前、知ってたじゃん。聞かなくたっていいでしょ」

警戒心を剥き出して一生懸命こちらを睨みつけているのは分かるのだが、コムイは普段、あの神田の眼差しを受け止めている身だ。
こんな子供の目つきなんて、可愛らしい猫のようにあしらえる。
にっこりと笑ってみせれば、怒り慣れていないらしい少年の方が僅かにたじろいだ。

「なんで、って言われるとボクも説明に困るなぁ。でもボクはキミの質問にいくつか答えたよね?」

知らない人の笑顔なんかに押し負けては危ないよ、と知らぬ子供なら注意するところだ。

「キミも、ボクの質問に答えて欲しいな。キミはいったいだれ?」

黄金色の子供は上唇を尖らせて口を噤み、視線をさまよわせた。

「僕は、……って呼んでいいよ」
「ありがとう。よろしくね、。ええと、どこからここに来たの?」

頷いた(小)が、ようやく頼りなく眉を下げる。

「ん……っと、僕、教会に来たんだ。扉開けて中に入ったはずだったんだけど……なんでかここにいたんだよ」

拙い状況説明だが、言いたいことは十分通じる。
どうやら彼はイノセンスによる奇怪にも似た、不可思議な現象に巻き込まれたようだ。

「コムイ、さんは、もしかしておじさんの友達なの? おんなじマークの服着てる」

先程コムイ自身がおじさんと呼ばれたばかりだ。
おじさんが多すぎて困惑する。

「えーっと、おじさんって誰のことかな?」
「クロスおじさん」

出てきた名前にぎょっとした。

「あ、ああ、うん、友達だよ。……そっか、はクロスさんと知り合いなんだね」
「うん! おじさん、たまに僕の家に遊びに来るんだよ。もしかして、いつも教会から僕の家に来てたのかなぁ」

コムイは立ち上がる。
ちがうな、汽車で来てるんだから――そうブツブツ呟く子供のつむじを見下ろした。
本人の発言と外見から察するに、この子供はで間違いない。
しかし現在の記憶は無い。
いっそ「過去の」と表現すべきか。
見たところ七歳くらいに見える。

、キミ、いま何歳?」
「八……ううん、九歳になった」

九歳だった。
こんなに小さいのに。
違和感のある答え方だが、これがならば今日あたりが誕生日のはずだ。
誕生日周辺の返答ならばこれもまた自然な答えか。

「ねぇ、あの、コムイ……さん」
「ボクのことはコムイでいいよ。何かな?」

きょろきょろと室内を見回していた(小)がコムイにつつ、と歩み寄った。
団服の白衣の裾をギュッと握り、コムイを見上げる。

「あのね、、知らない?」
……ちゃんね。えーっと、キミの妹だっけ?」

――
の妹の名前だ。
彼が亡くした妹の話を、コムイは先日聞いたばかりだ。
彼が己の「世界」と位置付けて大切にしていた妹の話を。

「うん。いっしょに来たんだ。教会の前でサーシャと会ってね、先に走って中に入っちゃったんだけど」
「二人を追いかけてキミも教会に入ったんだね」
「う、うん、そう! でも、僕はこんな変なとこに来ちゃったし、はいなかったし、……」

(小)と同じ教会の扉をくぐったのなら、同じようにここに来ていてもおかしくない。

はどこにいるんだろう。こんな変なとこじゃなくて、ちゃんと教会にいるなら、別にいいんだけど」
「心配だよね。ちょっと廊下を一緒に探してみようか」

(小)がコムイを見上げる。

「大丈夫、ボクはこの建物には詳しいし、ここにはボクの仲間もたくさんいるんだ。皆にも聞いてみよう」

コムイの言葉に、(小)は何故か驚いたようだった。

「ここ、他にも人がいるの? あっ、もしかして、おじさんもいる?」
「ああごめん、クロスさんは今日はいないんだけど」

生死も分からず行方不明だということを、この子供が知らないのは救いだ。
(小)が納得したように頷いた。

「ま、おじさんだもんね。父さんも『クロスはフラフラしてる』ってよく言ってる」
「お父さん、よーく分かってるねぇ」

親子の辛辣な物言いにコムイは笑う。
そしてを捜索するために内線電話の受話器を上げた。
闇雲に探すより、まずはリーバーに連絡して協力を仰ごう。

「……あれ?」

しかし、科学班に繋いだつもりだが、誰も出ない。
否、この電話、うんともすんとも言わない。
慌てて無線を繋ぐ。

「おーいリーバーくん、聞こえる?」

何も反応がない。
異常事態だ。
大股で部屋を突っ切り、少年の傍を通り抜けて部屋の扉を大きく開ける。
――嗚呼、そういえば、補佐官のブリジットがこんなにも長くコムイを野放しにしておく筈がない。
コムイが脱走するのを防ぐことが彼女の役目だからだ。
ブリジットがこの部屋に戻ってこないのは、今にして思えば大いなる違和感だった。
廊下に繋がるはずの扉の向こう側には、黒々とした果てのない空間が広がっている。
(小)がコムイの後ろから改めて訊ねる。

「ねえコムイ、ここ、どこなの?」
「……さあ、ボクもよく分かんなくなってきちゃった」

確かにこれは、「こんな変なとこ」に違いない。









気持ちを落ち着けるためにも、何か飲み物があるといい。
幸いにも執務室には中身の入ったコーヒーポットがあった。
予備のカップを出して注いでやると、小さなは物珍しそうにカップの中を覗き込んだ。

「これ、コーヒー?」
「そうだよ。本当はミルクとか砂糖があれば良かったんだけど……飲める?」
「飲んだことない。トーマスのお父さんがたまに飲んでる」

くんくんと注意深く匂いを嗅いだ少年は、意を決したようにぐいとコップを傾けてひと口飲み込んだ。
コムイは思わず「あっ」と声を出してしまう。
飲んだことのないものを、そんなに勢いよく飲むなんて。
前にジェリーが話していたが、は慣れない食べ物を大胆に口に運んでは後悔することが多いという。
成長した彼も紅茶派だから、幼い彼の口には合わないだろう。
案の定、眉根を寄せた渋い顰め面を目にすることになった。

「すっっ……ごい味だぁ……」
「あはは、苦かったでしょ」

勢いの良さについ笑ってしまう。
コムイもコーヒーで喉を潤すと、はきらきらとした眼差しを向けてきた。

「すごいね、コムイ……おとなだね……」

手軽な尊敬を受け取ってしまい、苦笑いを零す。

「(さて、これからどうしようかな)」

もう一度現状を整理する。
ここにいるのはコムイと、過去のと思しき少年。
この部屋は黒の教団本部司令室、の筈だが、現在は謎の空間に孤立する部屋だ。
教団本部にも科学班にも、どこの部屋にも繋がっていない。
無線も通じず、手詰まりである。
とはいえコムイが教団から姿を消せば、もしくは司令室への出入りが出来なくなれば、誰かしら異変には気付く筈だ。
科学班の精鋭たちが外側からこの状況を打破してくれることを期待しよう。

「ねえ、コムイは、どうして僕のこと知ってたの?」

ソファでぷらぷらと脚を揺らすが、最初の疑問を繰り返した。
ここまでの会話の中で、コムイも言い訳を考えてある。

「クロスおじさんが、職場でキミの話をしてたんだよ」
「えっ、おじさんが? ……おじさん、本当に僕の話なんかしてる?」

一度喜色満面で顔を上げたと思ったら、少年はすぐさま唇を尖らせて首を傾げた。
ころころと表情が変わる。
笑顔だけでない彼の姿は新鮮だ。

「本当だよ、なんでそんなに疑うの」
「だっておじさんって、女の子の話しかしなさそうだもん」

あははははっ! コムイは腹を抱えて笑う。
子供は率直で正直で素直だ。

「たしかに、違いないね」
「ほんとにおじさんが僕の話なんかしてたの? どんな風に?」
「そうだねぇ……」

実際には、クロスから子供の頃の彼の様子を聞いたことはほぼない。
思えば、コムイが初めてと出会ったのは病室だった。
世界を拒絶していた少年が、リナリーを抱き締めて声を上げて泣いた。
つられて泣いてしまったリナリーを宥めるために、自分の涙を噛み殺して笑ったあの姿を印象的に覚えている。
彼の妹の話を知った今では、あの涙は、泣き声は、ボロボロに食いちぎられた彼の悲鳴だったのだと分かる。
その悲鳴を、ただ妹「のような」少女のために押し込める強さも知っている。

「優しくて、強い子だって言ってたよ」

そう答えれば、はぴくりと眉を上げて、うーんと唸った。

「あれ、納得いかなかった?」

手持ち無沙汰にカップに唇を押し付けては、縁からずずずとコーヒーを啜る。

「おじさん、そんなふうに言わなそう」

バレたか。
けれどこの少年の「」はまだ生きているようだから、コムイとしても他に突っ込みようがない。

「いつも僕のこと、頑固でめんどくさいクソガキって言うし」

ほんの子供に対してなんて言い草だ。
コムイは脳内のクロス・マリアンに苦情を申し立てる。
頭を抱えるコムイを見上げて、がにっと笑った。

「でも僕もおじさんのこと、女の子とフリルが大好きな変なおじさんって思ってるから、おあいこなんだけど」
「ボクがそれを否定しなかったことを、絶対クロスおじさんに言わないでね」
「いいよ、ないしょね。僕、秘密はちゃんと守るよ」

ふふん、と得意そうに笑うは、もうすっかり寛いだ様子だ。
最初の警戒心は微塵もない。
彼のことだから、妹が「こんな変なとこ」にいないことに安堵して心配事がなくなったのだろう。
自分のことに気が回らないのは、既にこの年頃からの特性だったらしい。

「なんにせよ、とにかくこの部屋から出ないとね。ちゃんに早く会いたいもんね?」
「うん。窓から外には出られないかな?」
「いいアイディアだ、試してみようか」

大きな窓の鍵を開けて、外へ開いてみようと力を込める。
開かない。
念のためにも窓を押させてみたものの、窓はびくともしなかった。

「開かないか……扉の外は謎空間、窓の外には触れることもできない、と」
「コムイのお部屋の外は、今日は雨なんだね」

聞き返すと、は窓を指差した。

「教会行く時、僕の村は晴れてたよ」
「へえ、そうだったんだ。確かに、この建物の外は今日は朝から雨だったよ」
「本当に僕の村とはちがうところなんだなぁ。……僕は、雨の方が好き」

そう言って窓枠に肘をつき、は窓を伝う雨粒を見上げる。
非常事態だというのに、穏やかな時間だ。
まるで成長した彼が部屋で窓の外を眺めているよう。
結局、の周りではいつも一定の穏やかな空気が流れているということだろうか。
不意にがコムイの顔をまじまじと見た。

「僕がに会えないってことは、コムイも仲間に会えないってことじゃない?」

人を心配する余裕まである。
動じない子だな、と感心しながらコムイは頬を掻いた。

「そういうことになるね。いやー、参ったな」
「コムイの仲間の『リーバーくん』も、コムイがいないと泣いちゃう?」

コムイを探して泣くリーバーを想像してみたいが、鬼の形相で腕組みしている姿しか頭に浮かばない。

「リーバーくんは泣かないと思うよ。ちゃんは、お兄ちゃんがいないと泣いちゃうのかな?」
「泣いてるかも。まあでもサーシャも一緒だし、トーマスもいるから、だれかがなぐさめてくれると思う」

がぱちぱちと目を輝かせた。

「コムイのお仕事は、リーバーくんがいれば大丈夫?」
「大丈夫だったらいいんだけどね」

ごくり、コーヒーを飲み込むと、今度はも慎重な手つきでカップを傾けた。

「ボクのお仕事は色んな人と協力してやるんだ。だから、泣きはしないけど困る人がたくさんいるかな」
「そうなんだ。じゃあ今ごろ、仲間がみんなコムイを探してるね。早くもどってあげなくちゃ」
もね」
「僕?」
「きっと今頃、ちゃんもお友達も、みんなキミを探してると思うよ」

だからこそ早く家に、元の世界に帰してやらないと。

「そう、……かな。うん。僕がいないと困るかも。今日、この後トーマスのお家に行くから……」
「お友達と遊ぶ予定があるのかな?」
「ううん。……うーん、うん」

は躊躇いがちに頷いた。

「今日、僕の誕生日だから……パーティーするんだって」
「へえ、パーティーか! いいね、楽しみだね」

言ってしまってから「しまった」と歯噛みする。
この子は誕生日を祝われるのを嫌がる質だと、知っているのに。

「(それにしても)」

コムイはカレンダーをちらと見る。
今までずっとはぐらかされてきた。
十一月の半ば頃だと誰もが感じとってはいたものの、正確な日付はひと言も聞いたことがなかった。

「(今日、――だったのか)」

いや、分からない。
この(小)の過ごしている日時とコムイの今生きている日時が同じかどうか、確証はないのだ。
あえて深堀りして墓穴を掘るのは避けたい。
百面相をするコムイとは対照的に、ははにかむように気後れするように控えめに、けれど確かに笑った。

「うん」
「(おや?)」

思っていたより、ずっと嬉しそうな顔をしている。
少年はにっこりと口の端を持ち上げた。

「みんなが楽しそうに嬉しそうにしてるのは、楽しいからね」
「キミは、」

聞き咎める。
その言葉に、違和感を感じて。
コムイはどうしても聞き流すことができなかった。

「キミは、楽しくないのかい?」

そう、聞こえたから。
少年にとって、それは意外な質問だったらしい。
彼は驚いたように目を丸くして、それからきょとんと宙を見つめて、やがてふにゃりと表情を崩した。

「……よくわかんない。考えたことない」

そう言って、はぐらかすように笑う。

「わかんないけど、僕がいなくてもみんな楽しく遊んでるんじゃない」
、それは違うよ」

嗚呼、駄目だ。
コムイは断言できる。
きっと彼の故郷の妹は、友人は、隣人は、家族は、彼を探している。
本人は不思議そうな顔で首を傾げているのが、もどかしい。
きっと故郷の者たちも、同じように感じるだろう。

「キミと一緒にいられて楽しいよ、嬉しいよって。キミと出会えて嬉しいよ、って……みんながキミにそう伝えたい会なんだよ。だからキミがその場にいなきゃダメだ」

危うい子だ。
この場で、この世界で生きている気配が、意識が、こんなにも薄い。
いつか、ふらりと姿を消してしまいそう。

「(案外、そういうことだったりして)」

祝われることを素直に受け入れられないこの少年が、少しだけ姿を隠したくなったのだとしたら。
天の主が、その思いを叶えてしまったのだとしたら。
まるで「取り替え子」の伝承のようにが、どちらかというと日本の伝承「神隠し」に似ているようにも思う。
どちらにせよ非科学的ではあるが、伝承を蔑ろにしていては黒の教団科学班は勤まらない。

「(神隠しの条件って何だったかな)」

突然真面目な説諭をして、それから不意に考え込んだコムイは、不親切だったろうに。

「……僕がいなきゃ、ダメなの?」

は律儀にコムイを見上げ、真摯に言葉を咀嚼しているようだった。
コムイは我に返って、少年を見返す。
そして床に膝をついた。
騎士のように。
彼の小さな手をとって、丁寧に握る。

「そう、キミがいなきゃ、みんな楽しくなんかなれないよ」

大きな漆黒の瞳に、真剣な顔のコムイが映っている。
が薄く唇を開けて、深呼吸をした。

「……そうなんだ……」

知らなかった。
そう言って、少年はそっと微笑んだ。

――室長――

せっかく大事な話をしているというのに。
いま、何か聞こえた気がする。

――室長。室長、何してるんです――

、いま、声が聞こえた?」
「声? だれの?」

――まったくこの人は……こういう時、やることは決まってます――

ブリジットの声が、リーバーの声がする。
姿の見えない彼らの声が、どこから聞こえるのかは分からない。
しかしこの状況が外側から打開されるのは確かなようだ。
一方で、状況の打開と同時に、二度とこの「」とは会えなくなる予感がある。
事実、彼の指先が、輪郭がうっすらと消えかけている。

「コムイ、コムイの手、消えてるよっ? だいじょうぶ? いたくない?」

からはコムイの姿が薄れているように見えるらしい。
コムイは安心させるために目を細めて笑って頷いた。

「うん、大丈夫だよ。、どうやらボクたち、元の場所に帰れるみたいだ」
「え、……さよなら、ってこと?」
「そうみたいだね」

――兄貴、イキイキしてるね――

嗚呼、コムイの知っている穏やかな声が聞こえる。
それでもいまは、この子が完全に消えてしまう前に。
コムイはもうほとんど感触のない少年の手をぎゅっと握った。

、お誕生日おめでとう」

がはっと目を見開いた。

「こんな変なとこだけど、キミが一緒にいてくれて嬉しかったよ」

そう心から告げれば、黄金色の少年は――



「リナリーが、結婚するってさ」



「リナリィィィィィ!!」

反射的に叫び、自分が発した言葉に驚く。
あれ、この言葉はコムイを起こすための常套句のはずだ。
コムイはぱちりと瞬きをした。
目の前にあるのは、頬の丸みがなくなってすっかり大人びたあの子の顔。
否、これこそがコムイの知る「本当の」だ。

「やっと起きた」
「しーつーちょーおー! 今がどれだけ忙しい時か、アンタ、分かってんですか!?」
ただでさえジジたちの穴を埋めなきゃなんねーのに!
怒り心頭のリーバーを宥めるは、コムイにとっても見慣れた姿で。
それなのにコムイは、ついあの子が残した最後の笑顔と比べてしまう。

「室長、パリの新聞社から教団員逮捕の件で取材申し込みが来ています。早急にお返事を」
「まあまあ、二人とも。コムイも疲れてるんだよ、いつもならとっくに武器とか構えてるはずなのに……」

ブリジットとリーバーを押し止めた彼は、コムイに向き直って首を傾げた。

「どうしたの、コムイ。今日は反応が鈍くない?」
「確かに、どっか具合でも悪いんすか、室長」
「からかい甲斐が薄くてつまんないよ」
、あなた……それは室長を慮っての言葉なの?」
「どっちも本心、っていうのでもいいでしょ?」

機嫌よく笑う彼の肩に、自分たちが乗せてきた重荷を思う。
あの小さな手をした子供に、これから押し寄せる悲しみの波を思う。
そうしたら、堪らなくなってしまって。

「ちょっと、……コムイ?」

思わず椅子から立ち上がって、机を回り込み、彼を抱き竦めた。
言葉にして拒絶されることをいつもなら憚るけれど、今日はどうしたって伝えたい。

「お誕生日おめでとう、

――ありがと、コムイ――

頬を染めて笑みを返した黄金色の少年の声が、まだ耳に残っている。
ぎくりと身体を強張らせたは僅かに俯いて頷きながら、少年と同じ言葉を呟いた。
コムイをぐっと押し返して体を離し、彼は首を傾げてぎこちなく笑う。

「どうしたの、いきなり。変な夢でも見た?」
「変な夢なんかじゃない」

コムイはにっこり笑って答えてやるのだ。

「嬉しくて楽しい、いい夢だったよ」












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