燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









21'Birthday









黄金色の弟子と、白い弟子。
どちらの弟子もクロスとはあまり似ていない。

「(そらそうだ)」

所詮、赤の他人だ。
血の繋がった親子でさえ似ていない者があるのだから、他人なら似ていなくて当然だ。
けれど、アレンは時折それを気にする素振りを見せる。

「兄さんって、師匠とあんまり似てませんよね」

ひいては、自分とも似ていない、と言いたいのだろう。
クロスには察しがついていた。
それもこれも、が「兄さん」だなんて呼ばせるからだ。
しかしこれは金色なりの歩み寄りの姿勢であり、全面的に存在を受け入れると示したつもりなのだろう。
アレンの過去をクロスからに伝えるつもりは、端から無い。
それをすれば、「彼」と「彼女」の愛し子を完全にクロスの事情に巻き込んでしまう。
そう思って、ふと自嘲した。
「彼」ならクロスに万年筆を投げ飛ばし、怒鳴るだろう。

「もう十分巻き込んでるだろうが」

――否、怒鳴らないか。
冷えた声音で、声を低めて凄むのだろう。

「(嗚呼、)」

金色は、そういうところが「彼」に似ている。
もっとも、は怒るということ自体があまり無いのだけれど。

「あの、師匠」

新しい煙草に火をつけて、咥えた。
アレンが遠慮がちに此方を見上げるが、出来ればぐっと顔を上げて喋ってもらいたい。
背丈に差がありすぎて、そうでないと声が届きにくいのだ。
とはいえ、かつてのとの旅でそういう状況にも大分慣れた。
は心ここに在らずという呟きが多かった。
それに比べればアレンの声は聞き取りやすい。
クロスは目を向けて、先を促す。

「兄さんって、いつもいろんなお墓にお参りしていきますよね」

秋の日が暮れるのは早い。
道行く人々はコートの襟を合わせて、クロス達を避けるように通り過ぎていく。
クロスの人相が悪いというのもあるだろうが、きっと理由の大半はこの場所にあった。
大きな鉄の門、その向こうには墓場がある。
大都市の墓場が、まるで公園のように整備され始めたのは近年になってからだ。

「兄さんの家族のお墓があるわけじゃないのに、どうしてお参りするんですか?」
「さあな」

寧ろ、家族の墓に詣でることが出来ないから、なのだろうか。
クロスにも分からない。
此処は教会に併設された墓場では無いから、管理が甘い。
墓石が倒れているだけならまだいい方だ。
墓荒らしが適当に埋め直したようで穴が塞がりきっていない場所もある。
ただでさえそうして荒んでいるのに、日が陰り始めると尚更辺りは陰鬱として、近寄り難い雰囲気になる。
そんな墓場に、はいつものようにふらふらと踏み入っていった。
誘い込まれるような足取りなので、慣れていても妙なものに惑わされているのではないかと不安になる。

「こんなお墓だと、お参りしてくれる人もいないからかな……」
「いや、」

クロスは煙を長く吐き出した。

「教会の墓地にもよく寄ってるだろ」
「たしかに……」

呟いたアレンはまた無垢な瞳をクロスに向ける。

「じゃあどうしてですか?」
「知らん。本人に聞け」

うーん、でも、だけど……。
唸り声の横で顔を背けたクロスは、道の先を歩く花売りの少女を見つけた。
本格的な冬を迎える頃には、商品となる花の種類も減って難儀するだろう。
クロスの視線の先を辿って、アレンも少女を目に留めた。
白い弟子は、ハッと目を見開いて、墓の前に屈みこんだままの兄弟子を振り返る。
それから、ぐっと首を反らしてクロスを見上げた。
師弟なんて所詮赤の他人なのだから、似ているはずがない。
そうだ、見てみろ、ティエドールの弟子達だって師に似ているとは言い難い。
けれど、この時クロスにはアレンの言いたいことが手に取るように分かった。

「……しょうがねぇな」

ポケットから適当にコインを掴み、アレンの手に押し付ける。
金色のゴーレムを引き連れて飛ぶように走っていったアレンが、花売りの少女に追いついた。
笑って話しかけ、ぱたぱたと手を振りながら、此方の墓を指差し数えつつ、時折首を傾げて。
そうして片手にいっぱいの、恐らく渡した金で買えるだけの花を抱えて戻ってきた。

「にいさーん!」

クロスの横を通り過ぎて、アレンの白髪がぴょこぴょこと駆け抜けていく。
墓穴の前で祈り続けていたが、顔を上げた。

「……もう行く?」
「いいえっ。これ、よかったら」

アレンが握り締めた花を差し出した。
そんなにぎゅっと握りしめたら花が痛むだろうに。
溜息をつきながら近寄って、クロスはその花が造花だったことを知った。
けれど、一輪一輪に色とりどりの小さなリボンが結ばれている。

「よかったら、一緒にお供えしませんか? あの……足りるか分かんないんですけど」

振り返ったは、跪いた姿勢のままぽかんとした顔でアレンを見上げた。
真ん丸に見開かれていた漆黒が横に動いて、クロスを映す。
肩を竦めて道の向こうを顎でしゃくってみせると、そこでようやく瞬きをした。

「な、何にもないより、いいかと思って……」

縁のない墓でもしつこく祈って回る理由をクロスは正確に理解している訳では無い。
けれど今日の祈りが長かった理由には心当たりがある。
今年は、教団の誰からも、家族の誰からも声を掛けられない。
アレンは誕生日に頓着していないし、クロスもわざわざ話題には出さない。
心穏やかに過ごせると思っていただろう。
しかし、昨夜はたいそう夢見が悪そうで、宿を出る時もぼんやりしていた。
だから。
が微笑んだ。

「……確かに、何もないよりずっといい。ありがとな」
「いえ、その、たまたまお花売ってる子が通りかかったから」

立ち上がったに、アレンが花を渡した。
クロスはの手から強引に半分取り上げて、アレンの手に戻した。
不思議そうな顔の兄弟弟子の頭を、最後の一輪でぺしぺしと叩く。

「ほら、手分けしてさっさと供えろ。汽車が出ちまうぞ」
「はーい」

アレンが先に花を供え始めた。
も続こうとして、首を傾げてクロスを見上げる。

「ありがと、師匠」
「あん?」

ううん、と首を振って、がにっこりと笑い直した。










211114