燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









19'Birthday









「あ、可愛い」

ふとが立ち止まった。
神田はそのまま彼を置いていこうとして、雑踏を歩き続けたのに。

「なあ、ユウ!」

よく通る声で呼び止められてしまったので、舌打ち一つ、渋々振り返ったのだ。

「何だよ」
「リナリーにお土産買っていくから、ちょっと待ってて」

看板を見上げるまでもなく、大きなショーウィンドウの中身でどんな店なのかは分かった。
キラキラと陽の光を反射するアクセサリーが並んでいる。
神田があからさまに顔を顰めたからか、が苦笑する。

「外にいていいから」

言うなり彼は煌びやかな店内へ臆することなく足を踏み入れた。
神田は仕方なく腕組みをして、ガラス窓越しに彼の後ろ姿を見る。
が向こうから指差している品は飾り気のない物だ。
ショーウィンドウに並ぶ目玉商品にしては、石の類も、金属の飾りもない。
ただ、光沢のある布地を使った深緑のリボン。
髪飾りだろうか。
破顔した店員が、彼の指示でそのリボンを手に取った。
そのままカウンターで丁寧なラッピングを施しているらしい。
遠目にも、中身よりラッピングの方が華美ではないかと感じる。

「(土産、か)」

は時折、任務の帰りにそんなことを言い出す。
大抵はリナリー宛で、稀にジェリーや医療班、科学班に贈っている。
たまに酒瓶を抱えて帰り、団員を驚かせることがあるが、あれは教団に軟禁されているクロスへの品だそうだ。

「(多分アイツも飲んでるんだろうが)」

いつだったか、クロスが顰め面で神田の師であるティエドールに愚痴を言っていた。
けれど話を聞かされた師は何故かやたらと羨ましがっていた。
ショーウィンドウに背をつけ、道行く子供達の髪を何気なく眺めていると、程なくしてドアベルが鳴った。

「お待たせ」

行こう、そう言って先に歩き出す背中には、大股の二歩で簡単に追いつく。
彼が左手に大事そうに抱える白い包みに、神田は目を遣った。

「少し地味じゃねぇか?」

が神田を見上げ、それから包みを見下ろす。

「そうかな?」

神田は顎で今通り過ぎた少女を示した。

「もっと派手なやつ、つけてるだろ」
「あー、うん、まあ……そうか……」

神田がほんの数分観察した限りでは、町を歩く少女達はもっと派手な髪飾りをつけている。
ショーウィンドウに飾られていた看板商品のような。
特に、陽の光にキラリと反射するような石がついているものが多い。
がしばらく唸り、それから笑って首を振った。

「いや、いいんだ。あんまり高そうだと使う気にならないだろうから」

そういうものかと神田は肩を竦める。
自分にはよく分からない。
しかし確かに彼女の人柄を考えれば、記念日でもないのにプレゼントを貰ったら驚くだろうと思う。

「(記念日……)」
「どうかした?」

神田が不意に目を合わせたからか、がぱちりと瞬きをした。
記念日といえば、今月は教団が騒がしい月だ。
まさに目の前の彼の誕生日を祝うため、リナリーもリーバーも誰も彼も、あの手この手で準備をしている。
本人は、少しも喜ばないのに。

「……何で、わざわざ買ってくんだ。土産なんか」
「いいだろ別に。お土産……っていうのもまあ、何か、違うし」
「違うのかよ」
「違うだろ、だってこの土地のものって訳でも無いんだから……うん、なんか言葉として不自然だな」

宙に目を遣り首を傾げたが、下唇をそっと指でなぞる。

「ただの自己満足かな。……嬉しそうにするところが見たいって言うか」

うん、それだ、と彼が微笑んだ。

「あの子にとって、嬉しいことがあった日、ってやつを少しでも増やしてやりたいから」

ほんの二年ほど前のリナリーは、今のように笑ったりしなかった。
神田の後をついて回るか、中央庁に逆らって監禁されているか。
だから、神田もつい素直に頷いた。

「まあ、びーびー泣いてるよりはな」
「よっぽどいいだろ?」

その時期の事を話でしか知らないはずのが、ふうわりと笑う。
彼は、コムイよりも後にこの教団にやってきた。
戦場では、戦うために生まれてきたように生き生きとしているくせに、普段はこんなに穏やかで。
血腥いことなんてひとつも知らないような顔をして、けれど誰の悲しみも零しはしない。
誰の口からも聞くけれど、いまだ誰も見たことの無い「カミサマ」ってやつは、きっとこんな顔で笑ったりしない。

「ユウだったら、何が嬉しい?」

は愛おしそうに包みを撫でる。

「最近ジェリーに聞いて野菜作ってるんだろ? 野菜の種とか?」
「は? 何も要らねぇよ」
「うん、別にお前に何か贈る気はないけど」
「じゃあ聞くな」
「種? それともスコップ?」
「それは持ってる」

舌打ち混じりに返しながら、何の気なしに問い返した。

「お前は何がいいんだ」
「え、何も要らないよ」
「やらねぇよ。……お前が聞いたんだから、答えろ」
「いや、ユウ、何も答えてないだろ」

あははは!
楽しそうに笑ってから、は目尻を拭った。

「……欲しいものなんか、何も無いよ」
「林檎もか」
「あっ、分かった。蕎麦がいいんだろ?」
「違ぇよ」

駅は目前に迫っているのに、彼の歩みはいつもよりほんの少し遅い。
神田はより半歩先に足を出した。
多分、帰りたくないのだ。
けれど自分達は帰らなければならない。
一体でも多く、アクマを破壊するために。

「……リナが気に入るといいな」
「うん。……そんなこと言うの珍しいな」
「うるせぇ」

ふふ、と軽い声を零して、が歩を進める。
神田の隣に並んだ彼は、捧げ持つように、祈るように、包みを額にそっと当てた。

「――いい日になりますように」

嗚呼、きっとリナリーも今頃教団で、プレゼントの包みを前に、同じようにしているのだろう。
同じように、祈りを込めるのだろう。
じっくりと落とした瞼の裏で、二人の姿は重なる。
の祈りは簡単に叶うのだ、リナリーの祈りだって叶わない筈がない。

「行こう、ユウ」

神田は目を開けて、金色へ一歩踏み出した。










191114