燔祭の羊  
     × 黒き帳の堕ちる頃  






相互サイト「金魚鉢の遊泳」の作品『黒き帳の堕ちる頃』とのコラボレーション。
あちらの夢主さんはデフォルト名「神谷麻」という女の子です。



2017お年賀「And all that's nice」












ぺったん、はいっ、ぺったん、はいっ、ぺったん、はいっ!

聞き慣れない音が、厨房から聞こえる。
はリナリーと顔を見合わせて、そっと裏手を覗き込んだ。
大きな木の入れ物の傍で、袖を紐で絞った神谷麻が膝をついている。
正面から大きな木のハンマーのようなものを振りかぶるのは、料理長のジェリー。
は思わず青ざめる。
いや、ジェリーがとても優しい人だと知ってはいるけれど。
鍛え上げた美しい筋肉でもってそんなものを降り下ろしたら、日本人の華奢な少女など一溜りもない。

「ちょっ、ちょっと! ジェリー!?」

慌てて声を掛けると、二人が此方を向いた。
勢い付いたまま降り下ろされたハンマーは、木の入れ物の中でぺたっ、と気の抜けた音を立てる。
腰に手を当てたジェリーが、ぷんと頬を膨らませた。

「んもー! 危ないじゃない、ったら。いきなり声掛けないでちょうだい!」
「えっ、ごめん……いやいや、ジェリーこそ危ないだろ、何やってんだよ」

思わず謝り、けれど眉を寄せて言葉を返す。
ジェリーが首を傾げた。

「何って、餅つきよ、餅つき」
「モチツキ?」

聞いたことの無い言葉だ。
意思の疎通が上手く図れない中、桶で手を洗った麻が立ち上がった。

「二人ともお疲れさまー」
「こんにちは、麻。うわぁ、つきたて美味しそう」
「ちょっとつまんでく? 何味にしよっか」

え、と振り返ると、リナリーは知った顔で木の入れ物を覗いている。
美味しそう? 何の話だ。
手を拭って、麻がにっこりする。

「これね、食べ物なんだよ」
「……この白いやつが?」
「そう。特別なお米を杵でつくと、こーんな食べ物ができるの」

リナリーが振り返り、眉を下げて笑った。

「お兄ちゃん、すごい顔してるよ」
「な、何のことか全く分からないんだけど……」

どうやらこの場で、状況を理解していないのは自分だけらしいと、はそれだけを把握する。
居直って一から訊ねると、麻が軽やかに答えた。

「これはお餅っていうの。新年の長寿祈願……というかまあ、久々に食べたいなーって思って」
「久々にってことは、これは……日本の食べ物?」

麻の目に、引き攣った顔の自分が映っている。
彼女が申し訳なさそうに吹き出した。

「そうだよ。ふふっ、食べる?」
「うーん……いや……」
「食べてみようよ。麻、私はきな粉がいいな」

リナリーは腕を掴んで離さない。
ふざけているわけではなさそうだ。
は散々唸って、ついに諦めた。

「じゃあ、ちょっとだけ……」

女の子たちは嬉しそうに歓声を上げるが、正直、気乗りは全くしない。
ジェリーが調理台から黄色い粉の載った皿を取ってきた。

「何? それ」

覗き込むと、粉はふわりと宙を舞う。
は一歩下がった。

「きな粉よ、息で飛んじゃうから気を付けてね。はいっ、麻、持ってきたわよー」
「はーい! お皿くださーい」

きな粉の皿を麻が受け取り、千切った餅をぽいぽいと入れてジェリーに返す。
フォークで餅を転がして、ジェリーが二人に皿を差し出した。

「おまちどーん!」
「ありがとう!」

リナリーが指で餅をつまみ上げた。
皿から伸びる見たことの無い形状に、不信感はますます募る。
はフォークでつんつんと餅をつついた。

「これ、腐って……」
「無いわよ!」

ジェリーと麻の見事なハーモニーに気圧される。

「おいしーい!」

リナリーのリアクションも、いつもより少し大袈裟に見えた。
本当に頬が落ちそうなほど美味しいのか。
それとも、小さい子供相手に食べることを促すような意味合いなのか。
真相は不明だが、皆が期待の瞳を此方に向けていることだけは分かる。
ごくり、唾を飲み込み、はフォークで餅を突き刺した。
捉えどころのない奇妙な感触に、得も言われぬ声を出してしまった。
そっと持ち上げ、視線から逃れるように目を瞑り、自棄になって口に放り込む。

「あっ! 、よく噛んでね!?」

丸のまま飲み込もうとしていたは、咄嗟に喉の奥を舌で塞いだ。
餅を左頬に寄せて、急な警告を発した麻を胡乱な目で見遣る。
麻が、ごめんごめんと手を合わせながら肩を竦めた。

「そのまま飲み込んじゃうと、窒息死するから気を付けてって言いたかっただけなの」
「(笑いながら言うことじゃないぞ……?)」

なんて恐ろしい物を食べさせられているのだろうか。
けれど何にせよ、一応これは麻とジェリーが苦労して準備した物だ、口に入れた以上は飲み込まなければ。
は三人から少し顔を背け、覚悟を決めて餅を噛み締めた。

「……ん?」

甘い。
ほんのり甘い。
甘いのは恐らく砂糖だ。
嫌らしくない程度の甘さに、控えめな大豆の香り。
そしてこの独特で不思議すぎる弾力。
もにゅもにゅと口の中で潰れる柔らかな食感は、想像より大分心地好い。

「(これは意外と……癖に、なりそう……)」

でもどのタイミングで飲み込めば良いのだろう。
よく噛む、ってどれくらいだ?
一人で百面相をしている自覚がある。

「どう?」

麻が目を輝かせて覗き込んでくる。
口の中の餅も随分細切れになってきた。
もう飲み込んでもいいだろうか。
が慎重に餅を飲み込むと、麻の期待も高まっているのだろう、彼女もこくりと唾を飲み込んだ。

「思ってたより――」

けれど、あれだけ渋った手前、素直に感想を言うのも何となく、癪だ。
これがリナリー相手だったら、きっとすんなり美味しかったと言えるのだけれど。
同い年の女の子、なんて存在と関わったのは彼女が初めてで、どうにも上手くいかないことが多くなる。
きっと自分は、自分達は甘えているのだ。
や神田、ラビよりも少し大人びたところのある「女の子」という生き物に。

「――悪くはないかも」

だって彼女は。

「本当!? やったぁ!」

こうして、口にしなかった気持ちさえ自然に捉えてくれてしまうのだから。

「ね、もう一口食べる? リナリーも!」
「うん!」
「じゃ、アタシ達もお茶にしましょ」

――嗚呼、今日もこの子に隠し事は出来なかったなぁ

は溜め息と共につい頬を緩ませる。
不思議そうに首を傾げた麻に、何でもないよと微笑んだ。









170103