燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









17'Birthday









トンテンカンテン、どこからか金槌の音が聞こえる。
そういえば今朝、何だか大騒ぎが起きていた気がする。
あくまで気がするだけだ、今日の厨房はそんなことに構っている余裕が全くなかった。

「みんなー! 仕上げに入ってー!」

了解! という元気な声を受け、ジェリーは鼻歌混じりに大皿を持ち上げ、厨房を出る。
皿の上には、我ながら芸術的な飾り切りをした、林檎。
これは花に止まった蝶を表現したのだが、その周りにはポテトサラダをこれでもかと盛り付けてみた。

「上っ出来!」

長いテーブルをすでに埋め尽くしているのは、林檎料理、林檎料理、林檎料理。
林檎とポテトのバターソテー、林檎のフリット、セロリと林檎の和え物。
林檎とニンジンのスープ、林檎とひよこ豆のポタージュ。
林檎のクランブル。
大根と林檎のマリネ、さつまいもと林檎のサラダ、林檎とルッコラのサラダ。
紫玉ねぎと林檎のサラダ、挽き肉抜きのチリコンカンにも林檎。
林檎とトマトの煮込みパスタに、林檎とカマンベールのクリームパスタ。
林檎とクリームチーズの冷製パスタ。
林檎の白ワイン煮、林檎の赤ワイン煮ゼリー。
林檎のタルト、林檎とオレンジの揚げ菓子。
パイで挟んだリンゴのカラメリゼにはクリームを添え、アップルパイ、焼き林檎、林檎飴……。
食堂中にうんざりするほど林檎の薫りを充満させ、彼の来訪を待ち侘びる。

「うっっわ、ジェリーさん! 匂いが! すごい!」
「甘ったるい!」
「料理長やりすぎ!」
「ていうか、なにごと?」

夕食のためにとやって来た団員達がざわめいている。
ジェリーを始めとする厨房の面々は、皆一様にお玉を、皿を、包丁を、洗いかけのピーラーを振り上げた。

「彼が帰ってくる(のよ)!!」

ああー! と団員達が頷いて、声を揃えた。

「誕生日!!」

食堂の雰囲気は一気に、戸惑いから歓喜に変わった。

単なるエクソシストというだけでない、信仰に近い関心と指示を集める少年。
ジェリーにとっては弟のような、可愛い可愛い年下の男の子。
その彼の誕生日が、迫っている。
はなぜか誕生日を祝われたくないらしい。
だからか、彼の師匠であるクロス・マリアンも正確な日付をコムイにも教えていないのだという。
けれど、誰もが分かっているのだ。

「今年も、この時期に任務だなぁ」
「うんうん、毎年変わらず十一月の中旬」
「最近ピリピリしてたもんな」

恐らく「その日」は、十一月の半ば頃。
毎年同じ時期に任務を引き受けて教団を空けるから。
毎年同じ時期に、珍しいくらい気を尖らせて緊張しているから。
何故祝われたくないのかは、誰にも分からない。
けれど、祝ってあげたいではないか。
彼が自分達にしてくれるように。
君が生きていてくれることを喜びたい。
生まれてくれたことに、感謝したい。
しかし、面と向かって祝うと嫌がる彼へ、どうやってこの気持ちを伝えたらよいのだろう。

「厨房の今年のプランは、これよ!」

ジェリー達はテーブルの上を指し示す。

「眩しいっ」

団員達のテンションが跳ね上がっているのが分かる。
彼の大好物である「林檎」のフルコース。
誤発注という名目で、或いは料理研究という名目で、いくらでも誤魔化しがきくはず。
これなら彼も喜んでくれるはずだと、厨房を任された精鋭たちが一年がかりで考えた策なのだ。

はどれを気に入ると思う?」
「林檎飴は喜びそう」
「今日は寒いからスープかも」
「任務上がりだぞ、がっつりパスタじゃないか?」
「いや、やっぱりアップルパイだろう」
「それだ」

ああだこうだと楽しい想像を膨らませる厨房の仲間を見て、ジェリーは微笑んだ。
ところで彼はいつこちらに来るだろうか?
帰還した報せはすでに来ている。
ドクターには怪我の手当てが終わり次第、速やかに食堂へ寄越すよう頼んである。
けれど、まだ影も形もない。
もしや何事かあったのだろうか。
ジェリーが不安を感じたその時、入り口でリーバーが手を振った。

「そろそろ来るぞー!」

食堂中がどよめく。
よろよろとリーバーが側にやって来た。

「遅かったんじゃない? 何かあったの?」
「いやぁ、面目ない……室長が……コムリンノベンバーが……」
「……なぁに、ソレ」
「あいつの誕生祝いに部屋を飾り付けるとか言って……新型コムリンを……」
「部屋は無事なの?」
「無事じゃないことを確認しに、部屋に寄らせた……」

なんてこと。
厨房が完全に遮断していた朝からの大騒動をようやく知り、思わず頭を抱える。
任務で疲れているだろうに、とんだ災難に見舞われてしまったのか。
科学班と関わる以上は、いつものことだけれど。

「んもう、コムたんってば……お祝いのつもりじゃなかったら怒ってたところよ」
「いや、結局これっぽっちも祝えてないんだけどな……」

不意に食堂の入り口がざわついた。
彼が到着したことは、いつだってすぐに分かる。
圧倒的な存在感を、期待と、歓喜と、祝福が迎えるから。
一方本人は、誕生日が近いことと部屋が無事でないことで珍しく気が立っているのだろう。
足音高く食堂に一歩踏み入り、そして一転してパッと顔を輝かせた。

「うわあっ……!」

明るい歓声をあげたの反応にジェリーも胸が高鳴って、駆け寄り力強く抱き締める。
腕の中から、呻き声がした。

「お帰りっ、!」
「んぐっ……ただいま、ジェリー……なあ、あの、その、後ろのやつ……」

そわそわと動く
ジェリーが彼を解放すると、厨房の面々が心得たように長テーブルを指し示した。
空気がキラキラと輝く。
まるでテーブルが、皿が、林檎が、光を放っているよう。
それはきっと、否、間違いなく、神様が心を踊らせているからだ。

「これ、なに、……全部林檎……!?」
「そうよーっ! ちょっと発注ミスっちゃってね。ちょうどいいから、新しいレシピを試してみたの」

よかったら、、食べてくれない?
首を傾げてみせると、彼は料理の上に視線を滑らせてごくりと唾を飲んだ。

「……食べて、いいの……」
「いいわよんっ。あら、お腹減ってなかった?」
「ううん……うん……今、すっごく、減ってきた……!」

小さなガッツポーズをして、彼は差し出されたフォークを手にする。
それを握り締めたまま右往左往するの珍しい姿に、誰からともなく笑い声が起こった。
ジェリーはリーバーと顔を見合わせ、にっと笑う。

「(おめでと、)」

貴方が願ってくれるように、貴方にも幸せが訪れますように。










171114