April Fool's Day Revenge!!















前方に、女子生徒が固まって黄色い声を上げている。
通り掛かる男子生徒も、嬉しそうな顔で近寄ろうとしては女子に弾き飛ばされている。
いつもより少し早く登校した少女は、古い諺を呟いてみた。

「早起きは三文の徳……!」

ほんとだ、リナリーちゃんの言う通りだ!
少女は胸の高鳴りを抑えることもせず、足を早めた。
何故、朝練の無い友人までもが、朝早く登校しているのか。
本当なら、皆あと一時間は遅く来てもいいはずなのに。
ずっと感じていたその疑問を昨日、学校のアイドル、リナリーに尋ねてみたのだ。
彼女は、あっさりとこう答えてくれた。

「知らなかった? あの時間、イライア先生が来る時間なのよ」
「あ、なるほどー」

何故逮捕されないのか全く理解できない変態校長の弟子だといわれる、彼。
イライア・ラヴェルは、その変態とは似ても似つかない常識人である。
男女問わず学校中の生徒から「憧れの存在」とされる彼と、朝一番の挨拶を交わしたい。
あの神様の微笑みのような笑顔で一日を始めたい。
なるほど、理解できなくもない。
少女は歩きながら一人頷いた。

「(先生も大変だなぁ)」

そう思いながらつい自分の足を止められないのは、少女にも人並みの憧れがあるからである。
丁度、一番大きな集団が散った。
今だ! 少女は駆ける。

「先生! おはようございます!」
「あ、おはよう。珍しい、今日は早いんだね」
「たまたま早く起きちゃったんですー」

嘘はついていない。
早く起きられたのは、たまたまだ。
たまたま、目覚ましを早い時間にセットしただけ。
イライアが爽やかに微笑み、頷いた。

「(早起きは三文の徳!)」

その輝くような笑顔に、見惚れてしまったのが少女の小さな過ちであった。
彼の周りで気を抜いてはいけない。
何よりこの学校で女子生徒は一瞬たりとも気を抜いてはいけないのだ。
イライアの笑顔が、笑顔のまま引き攣った。
訝ったのも束の間、隣に、人が立つ気配。

「おいおい、下着透けてんぞ。ピンクか」

少女はギギギ、とぜんまい仕掛けの玩具のように横を仰ぎ見た。
セーラー服の襟元を覗き込む、赤髪の変態。

「っ、キャァァァアアアア!!」

周囲に残り、少女を羨ましそうに見つめていた他の生徒達でさえ、一緒に叫んだ。
呪縛が解けたように、イライアが大きく踏み出す。
少女の肩に触れてぐいと彼の後ろに押し込んでくれた。
縮こまったまま庇われた少女は、ハッとして振り返る。
危険なのは私じゃない。

「せんせっ……」
「ぐはぁっ!!」

聞こえたのは野太い悲鳴。
振り返って見たのは、校長が思いきり殴り飛ばされて文字通り地に落ちた瞬間だった。
這いつくばった変態の元へ、殴った張本人、イライアが静かに歩み寄る。
校長クロスに跨がるように屈み、奴の胸座を掴んだ。

「透けたんじゃなくて覗き込んでましたよね、校長」
「ぐ、イライア……ごか、誤解だ……!」
「何が?」

笑顔のままなのに、イライアの声は冷えきって低い。

「全ては、お前と爽やかな挨拶をするための、」
「関係ないし、挨拶は家で済ませてますよね、校長」
「え、だってお前オレ置いて先に、」
「済ませてるから学校でまでする必要はないですよね、校長」
「あ、いや、……いや、まだ済んでないぞイライア!」

冷たい声に完全に圧されていた校長は、しかし、突然目を爛々と輝かせた。
その手が伸びる先を見てしまい、少女は叫んだ。

「先生っ!」
「――っ!」

イライアが固まった。
その臀部を触る、変態の手。
場に沈黙が流れる中、校長だけが機嫌よく笑う。

「やっぱ朝一番の挨拶っつったらこれだろ」

少女は恐る恐る、イライアの横顔を覗いた。
少し俯いた彼は溜め息ひとつ、足で校長の片腕を蹴り、膝で手首を抉るように踏みつけた。

「いっ!?」

もう一つの手も離れたところで、彼は校長の腹に膝をついて立ち上がる。

「ぐほっ!」

最後に思いきり横腹から蹴り飛ばし、彼は少女を振り返った。

「さ、折角早起きしたんだから、こんなところで油売ってないで。な?」

まるで何事も無かったかのよう。
さっきと変わらない爽やかな笑顔のBGMは、痛みにうち震える校長の呻きと生徒の大歓声。

「先生もですよ! 早く行きましょ!」
「そうだね」

イライアを促して、少女と周囲の生徒達は下駄箱へ向かう。
少女はちらりと振り返り、変態を視界の隅に一瞬だけ収めた。

「(同情の余地も無いよ、校長先生)」

早く、逮捕されればいいのに。









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160401