燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









15'Birthday









何をしても様になる人間は稀にいるものだ。
クロスは自分も当然その部類の筆頭だと思っている。
身近なところで言えば、この弟子も大概、そうだ。
ただ、窓枠に手を掛けているだけなのに。
空を見つめる横顔、けぶる黄金色、頬に落ちる睫毛の影、そのどれもが芸術のように完成している。
全体的に母親の面影を強く残す少年ではあるが、クロスは知っている。
喉仏の形は父親とよく似ていることを。

「……あ、師匠」

が此方を向いた。
クロスは歩み寄る。
過去に囚われていた様子はない。
万が一を危惧して自分が様子を見に来たが、これならアレンに来させてもよかったくらいだ。

「何してんだ、アレンはもう外にいるぞ」
「うわ、今行きます」

例年ならば、この月、彼の周辺はいつにも増して騒がしい。
教団中が彼の誕生日を祝おうと画策するからだ。
その度には断ろうとしながら強く言えず、苦笑してやり過ごしている。
弟弟子の修行に付き合っている今年は、その負担もなさそうだ。
が傍らの鞄を手にした。
銀の装飾がついた黒の団服姿も、随分と様になったものだ。
もうすっかり一人前の「神の使徒」。
尤も、彼が教団において望まれているのはそれ以上の存在なのだが。
それでも、仮面の成長に反して、その内側に大きな変わりがないのが実情だった。

「そういえば、次は何処に行くんですか?」
「乳と尻のでかい女がいるところ」
「……まさか、まだ決めてないとか……」
「そのまさかだ」
「ほんっともう!」

ハッハッハ! と笑いながらの背を叩くと、彼は嫌そうに身を捩った。
ああだこうだとクロスの至らぬ点とやらをあげつらっている。
彼が誕生日を厭う理由を、きちんと聞いたわけではない。
けれど大方、自分が生まれなければ皆は死ななかった、などと考えていることは想像がつく。
クロスが訝しく思っていたのは、彼がを恨んでいる様子が無いことだ。
あの村にいたときから、は妹を恨むような素振りを見せたことがない。
少なくとも、クロスには、欠片も感じられなかった。

「……なあ、
「はい? ねぇ、ちゃんと聞いてました?」
「いや、聞いてない」

はあ!? と素頓狂な声を上げる彼の頭をぐりぐりと撫で回しながら、クロスは言葉を続けた。

「お前、を恨んだことはねぇのか?」

が此方を見上げる。

「何で?」
「そりゃあ、お前……」

グロリアが身体を壊したのは「二人目」を生んだからだと、それはこの少年も知っている筈だ。
妹のせいで、母は長生きができなかったのだと。
そう思うことがあってもおかしくはない。
けれどクロスはそれ以上続けて話すことが出来なかった。

「(この表情が、全てなのだろう)」

何故そんなことを聞くのか分からないとでも言いたげな、無垢な瞳がクロスを見上げている。
目は口ほどに、心のうちを物語るものだ。
クロスが話を切り上げようとしたとき、が得心したように頷いた。

のせいで母さんが死んだ、って言いたいの?」

飲み込んだ言葉を本人に暴かれて、クロスはぐ、と押し黙る。
気まずい沈黙の中で頷いたのはクロスだ。
が肩を竦めて、何ということもなく続けた。

「それは筋違いだよ。母さんは俺のためにを望んだんだから……あの子は、何も悪くない」

――俺が、生まれてさえこなければ

微笑んだ彼が、背を向けて扉を開けた。

「ほら、行きましょう、師匠」

軽い足音がゆっくりと離れていく。
クロスはがしがしと頭をかいた。

「(やっちまった)」

失態だ。
家族の話を出すなと、アレンには偉そうに命じておきながら。
仮面に隠された素顔を知っているのは自分だけだと、自負しておきながら。
満たせない悲しみを、うっかり抉ってしまった。
よりによって、今日、抗えない寂しさを引き出してしまった。
全てつまらない好奇心のせいだ。

「おい、!」

大声で呼ぶも、彼は既に弟弟子に追い付いてしまったらしい。
軒先で笑い合っていた弟子達が、遅れて宿を出たクロスを見た。

「こういうのな、ミイラ取りがミイラになるって言うんだ」
「へえ、面白い言葉ですね」
「余計なことを吹き込んでんじゃねぇ」

クロスの拳を軽々と避けるは、すっかりいつも通りだ。
否、彼はずっといつも通りだった。
行くぞ、と二人に声を掛けようとして、クロスはふと口を噤む。

「師匠?」
「そこで待ってろ」

待ってろと言ったのに、二人はちょこちょことクロスの後に着いてきた。
宿の斜向かい、小さな果物屋。
クロスは、買った林檎を一つずつ弟子達の手に押し付ける。

「え、いきなり?」
「食べていいんですか? 師匠」

聞きながらも既に食べる構えをしているアレンの様子に、が笑い出した。
クロスは若干呆れながら答える。

「要らねぇなら返せ」
「いただきまふっ」

言葉と同時に齧り付くアレンの隣で、が笑いながら肩を竦めた。

「いただきます」
「おう」










151114