燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









13'New Year 「ぬくもり」









昨夜降り始めた雪が、今朝方に止んだ。
この一晩で、気温はぐっと下がったように思う。
クロスが吐く息も白く、仮面から出る肌もピリッとした冷気に曝されている。
ふと、視線を下げた。
小さな影は、まるでクロスを風避けにでもするかのように、今日も背後に佇んでいる。
急に立ち止まったクロスを訝ってか、が僅かに此方を見上げた。
頬と鼻が赤い。

「大丈夫か?」

問えばこくん、と頭が縦に傾く。
それは良かったと頭を軽く撫でてやると、手の下から小さく鼻を啜る音が聞こえた。
いくら北の地方の育ちとはいえ、やはり子供を連れ回すには日が悪かっただろうか。
こんな時、一人旅ならば何を心配する必要もないというのに。

「(ガキは面倒だ)」

否、これ以上「子供」として扱いやすい子供もいないか。
思い直して、クロスはまた歩を進めた。
がきゅ、と雪を踏んで後に続く。
二人の横を、と同じ年頃の子供達が歓声を上げて駆け抜けた。
弟子はちらともそちらに目を遣らなかったが、クロスはつい、彼らに目を止めた。
子供達の手には、色とりどりの、毛糸の手袋。
対して、マントのようなコートの下に隠れたの手には、それがない。
マフラーは、きっと首元のリボンがその役を担ってくれることだろう。
けれど手袋は、別だ。
先日、コートを新調した際に気付いていれば、手間にならなかったというのに。
半月前の自分を悔やみながら、視線を巡らせれば、数軒先で服屋の看板が雪を被っていた。
クロスはを従えて迷わず歩を進め、その扉を開けた。
温かさに、が肩の力を抜いたのが分かる。

「あら、いらっしゃい」

ふくよかな中年の女性が、此方を振り向いた。
クロスは顎で少年を指し示す。

「こいつに、手袋をひとつ」

が顔を跳ね上げた。
フードが外れ、独特の存在感が室内に解き放たれる。
大きな目を更に驚愕に見開いて、彼が此方を見上げた。
慌てたように、その首が横に振られる。

「い、いらない」
「んな訳ねぇだろ。これからもっと寒くなるんだぞ」
「いらない……」
「馬鹿か、お前は。オレが要るっつったら要るんだ」
「……いらない……」

涙目で首を振り続ける
空気に気圧されていた女性が、瞬きの後、腰を曲げて彼に目線を合わせた。

「まあまあ、坊っちゃん。もし買ってくれたら、おばちゃん嬉しいわ」

大層な押し売りだが、幸か不幸か、弟子の弱いところを突いてくれたものだ。
は眉を下げて押し黙り、やがて小さく頷いた。

「まあありがとう! こっちよ、見て。いろんな色があるの。坊っちゃんは何色が好き?」

あれよあれよと言う間に、女性が赤い毛糸の手袋を勧める。
が再度口答えする前に、クロスは問答無用で代金を支払った。
困り果てた顔で手袋を見つめるの黄金を、軽く叩く。

「ほら、外出る前につけちまえ」

俯いて手袋を嵌めた弟子は、瞬く間にフードを被り、コートの中に手を収めてしまった。
人見知りなのね、と女性が笑う。
肯定も否定もせずに、クロスは礼だけ言って店を出た。
黒いコート越しに、小さな手がクロスの団服を掴む。

「おじさ……ししょう」
「何だ」
「……ありがと」

呟くような言葉。
柄にもないことをした代償に、照れ臭さがクロスを襲った。
どのような表情をしたらよいか、どう返事をしたらよいかも分からない。
悩んだ末に、一言だけ返した。

「大事にしろよ」









(主人公9歳)

130102