燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









13'Birthday









大きな山場を越えた班員達に、数日ぶりの休憩を与えてやらない訳にはいかない。
彼らは我先にと食堂に向かう者、浴場へ向かう者、倒れて部屋へ引き摺られる者に分かれた。
リーバーは一人、乱れきった机の周りを整理することにした。
それが終わらなければ、まず動けそうにない。
がらんとした科学班で、作業を続けるのは精神的に辛いものがある。
腹を鳴かせ、欠伸を漏らしながら、紙屑をゴミ箱へ投げ捨てた。

「(あ、やばい忘れてた)」

誕生日どうしよう。
暫く意識の外に置いていた懸案を思い出す。
今月はの誕生月だ。
彼は年を追うごとに、この月は本部にも科学班にも寄りたがらなくなる。
きっと今年も、顔には出さずひっそり嫌がるのだろう。
けれど、大切な弟分の生まれた日を祝ってやりたいという仲間達の声も抑えられない。
何より、そのことはリーバーも望んでいる。
いつも、彼の笑顔に支えられているからこそ、尚更。

「(だから問題は、どう、祝うか……なんだけどな)」

うーん、と唸ってふと顔を上げたとき、足音が聞こえた。
入り口から覗く人影。
何の案も浮かばないまま、相手が来てしまった。
焦りを隠し、破顔して声を掛ける。

「おかえり、
「ただいま……あれ、一人?」

微笑みで応えた相手は、散らかった室内を慣れた調子で歩いてきた。

「ああ、さっき全員休憩にしたんだ」
「珍しいね。兄貴は? 休まないの?」
「片さないと出られないからな……」
「あはは、確かに」

彼とリーバーの間にも書類と資料の山が二つある。
頂点の一枚を眺めたが、目を細めて呟いた。

「そっか、兄貴一人か」

そのまま長い溜め息をついて、その場にしゃがみこむ。
リーバーは咄嗟に先程までの会話を思い返したが、声の張りも顔色もいつも通りだった。
驚いて顔を覗き込もうとして、足元の山をひとつ崩した。

「どうした?」

膝に顔を伏せたままのが、頷く。

「うん……酔っただけ」
「は?」
「だから、……ちょっと酔っただけ」

くぐもった声が、くらくらする、と呟いた。
リーバーはもうひとつ山を崩して、彼の側に屈んだ。
背に手を当てようとした途端、原因を悟る。
誕生日どころではない。

「お前、酒飲んだのか?」

返された頷きに呆れ返って、天を仰いだ。

「何やってんだよ……」
「……だって、情報くれるって言うから……」
「だからってなぁ、」

探索部隊も居るだろう、と言い掛けて、慌てて口を噤む。
今回の彼は、単独任務だったのだ。
よほど情報不足で困ったのだろう。
そう思うことにして、頭を叩きたくなるのを何とか堪えた。
代わりに、別のことに気付く。
彼は自分と違って、子供のくせにアルコールには強かった筈だ。

「ったく……どれくらい飲んだんだ」
「そんなに……二本くらい」
「何がそんなに、だよ。飲みすぎだろ」

立てるかと問えば、小さく頷くので、支えながらソファに座らせた。
背凭れに体を預けて息をつくを、仁王立ちで見下ろす。
彼が顔の上に乗せた腕を少しずらして、リーバーを窺い見た。
決まり悪そうに目を逸らす。

「予定では、大丈夫だったんだ……」
「予定も何も無いだろうが」
「……だって……」

言い返せずに、が再び腕で顔を隠した。
覗く手首には、真新しい包帯。
ようやく合点がいった。
恐らく、聖典の副作用が影響してしまったのだろう。
言い返せないのではない、言い返さなかったのだ。
思えば、この部屋に入ってきた彼は、こんな様子はおくびにも出さなかった。
他の班員が残っていたなら、部屋まであのまま耐えていたに違いない。
リーバーは溜め息をついて、彼の団服の襟を緩めた。

「……ごめん、兄貴」
「いいって。それより大丈夫か? 吐くか?」
「ううん、いい……寝たい……頭痛い……苦しい……」

普段の彼なら決して口にしないだろう言葉が、ぽろぽろ零れてくる。
アルコールの力なのか。
この場にリーバーしか居ないからなのか。
自分が信頼されているからなのか。
どれも当てはまるかもしれないし、そのどれでもないのかもしれない。
リーバーは小さく吹き出して、肩を叩いた。

「ちょっと待ってろ、毛布持ってきてやるから」

寝たいなら、まっすぐ部屋に戻ることも出来ただろうに。
そうしなかった理由は、リーバーには分からないが。
毛布を抱えてソファに戻ると、黄金はそのままの姿勢で唸っていた。
毛布を被せて横に座ると、顔を顰めたままの頭がこてんと寄り掛かる。
滅多にない姿につい笑みを漏らし、リーバーは黄金を緩く撫でた。

「しょうがねぇなぁ」

彼の温もりが、早くも聞こえてきた寝息が、此方の眠気を誘う。
今なら許されるだろう。
大きく欠伸をして、囁いた。

「おめでとう、……無事で良かった」









徹夜四日目のコムイは、確認の済んだ書類を抱えて科学班を覗いた。
異様な静けさ。
思わず眠気も飛ぶくらい、驚いてしまった。
見事に誰もいない。

「えええ……」

机の間を縫うと、状況は理解出来た。
なるほど、山を越えたらしい。
しかし、誰も何も言ってくれないなんて。
何て薄情なんだとべそをかきそうになったとき、ソファに人影を見つけた。
リーバーだ。

「ちょっとー。何でこんなにこっち静かなの、リーバーくーん……おっと」

ふらふらと近付いて、瞬く。
気持ち良さそうにいびきをかくリーバーと、寄り掛かってすやすや眠る

「気持ち良さそうだなぁ」

コムイは肩の力を抜いて、つい笑った。










131114