燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
12th.Anniversary & Gray Home Party!2「呼び声」
未来編(ver.1)前提
少年は、走っていた。
マントのような漆黒のコートを着て、真っ白な光の坂を、駆け上がっていた。
足は、地を蹴ってはいない。
この光の中、何処が地面なのか、床なのか、何処が天井なのか、空なのか、分からない。
ただ、遠くに見える黄金を目指して、走っていた。
揺れる黄金の髪。
それを束ねるのは、自分の首元に結ばれたものとよく似た、紅のリボン。
大きな背中。
憧れの、人。
もう、手が届く。
その手に、触れる。
「とうさん!」
リボンの紅が、視界を埋めた。
振り返ったと同時に、ばっと広がる赤い髪。
顔の右半分には、仮面。
え、と足を止めて、辺りを見回す。
追っていた筈の黄金は、もうどこにも見当たらない。
代わりに、ずっと逞しい腕が、こちらに伸ばされる。
「」
躊躇わず駆けた。
その手を、掴んだ。
ぐっと強い力で引かれ、抱きすくめられる。
身体の芯が温まるような、絶対的な安心感。
腕に縋って、目を閉じた。
「……師匠……?」
自分を包んでいた赤が霧のように掻き消え、ただ一人、その場に残された。
ふと自分を見下ろせば、纏っているのは黒の団服。
先程まで、師が着ていた物によく似ている。
いつの間にか、体も大きくなっていた。
茫然として佇む背に、声が掛かる。
「――――!」
呼ばれて振り返れば、こちらへ駆けてくる小さな影。
は微笑って、手を差し延べた――
眩しい。
手の先が凍えたように冷たい。
二、三度瞬きをする。
科学班の天井が、目に入った。
「(……あ、れ……)」
頭が重い。
「(何、してたんだっけ)」
考えの纏まらないまま、緩慢に首を巡らせる。
隈に縁取られた瞳と、かちあった。
「はぁ……あ? っ、起きたか」
「……俺、」
何で寝てんの?
疑問を口にする前に、温かな手が額に触れた。
心地良くて、思わず目を閉じる。
「あ……ったかぁ……」
「お前が冷たすぎるんだよ」
「……なんで?」
盛大な溜め息。
顰められた眉の下に心配そうな瞳が見えた。
しっかりしなきゃ。
そう思うが、思考の靄は一向に晴れない。
「倒れたんだ。ったく身体は冷たいし目は覚まさないし! 調子悪いなら言えっての!」
「ご……めん、なさい」
くしゃ、と髪を乱され見上げると、穏やかに、悪戯に見下ろされた。
「室長呼んで来る。怒ってたぞ、あの人」
笑いながら立ち上がったリーバー。
揺れる白衣の裾に、何故か手が伸びた。
「ん? どうした?」
「え、あ……えっと、」
聞かれて、戸惑う。
何を考えることも出来ず、ただ言葉だけがするりと出てきた。
「兄貴は……どんな大人に、なりたかった?」
「んー、そうだなぁ」
彼も視線を宙に彷徨わせ、苦笑した。
「こんなに残業ばっかしてる大人ではなかったな」
これには、同じく苦笑を返すしかない。
「お前は? どんな大人を目指してるんだ?」
「えっ。んー、と……」
聞き返されることまで、予想していなかった。
ぼんやり返した答えに、リーバーは肩を竦める。
「ま、あんま深く考え込むなよ。なるようになるんだからさ」
司令室に向かう背中。
見送って瞬きをしたまま、瞼が上がらない。
全く、意識したことも無かったけれど。
もしかしたら、憧れていたのかもしれない。
否、いつも先を行く広い背中に、追い付きたかったのかもしれない。
この体は情けないほど頼りなく、他に何かを背負う余裕は、もう無いけれど。
――ししょう!――
「(……会えるかな)」
姿も見えなかった、君に。
おいで、此処だよ
お願い、来ないで
210809