燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
09.涙の理由を、言わぬ君 【タイトル:Hiver様<理由>より 】
クロスは、目を開けた。
カーテンの隙間から、月明かりが差し込んでいる。
腕の中から聞こえる嗚咽。
視線を胸元に下ろすと、震える小さな黄金が目に入った。
そろそろ、飛び起きる頃合いだろうか。
叫ぶ前に、起こした方がいいだろうか。
取り敢えず、涙を拭ってやるべきか。
の背を抱いていた手を、顔へ動かしかけた、その時。
少年の頬へ、クロスの物ではない手が、伸びた。
「あ?」
何だ。
誰だ。
この部屋には、自分達以外に人は居ない筈だ。
ハッとして、飛び起きる。
「誰だッ」
ベッドの傍ら、構えた断罪者の銃口の先には、少年によく似た黄金。
紅のリボン。
クロスはらしくもなく、目を見開いた。
断罪者が手から滑り落ち、少年の真横に落ちた。
けれどその人影は何にも動じず、ただ、の涙を拭っていた。
「……モージス……?」
知らず、声が震える。
問い掛けに、彼が目を上げた。
微笑。
長い指を一本、口の前に立てた。
しぃっ
まるで、そう言うかのように。
彼は再び、視線を少年に戻す。
クロスはぐ、と言葉に詰まり、今度は声を潜めて尋ねた。
「モージス、なのか……?」
彼が、頷く。
「何なんだ、夢でも見てんのか、オレは」
思い付くままに言葉を漂わせると、彼はようやく顔を上げ、クロスを見た。
苦笑して、首を傾げる。
「……は、」
クロスは手を伸ばした。
「何、やってんだ……お前はッ、何して」
す、と彼が身を引く。
片手は、未だ息子に触れたまま。
何も言わず、微笑み続ける彼に、焦った思考が熱を持った。
――きえてしまうのか、また
「行くな、……行くなっ、」
行くな
「……ッ!」
彼はス、と静かに。
クロスは思わず、傍らに視線を落とした。
「あ、ぅ……っ、ぁあ、や、」
閉ざされた瞼から、止めどなく流れる涙。
忙しなく繰り返される、引き攣った呼吸。
ガタガタと、気の毒なほど震える体。
「ひっ……ぃ、や、あああっ」
「、落ち着け」
クロスは慌てて、に声を掛けた。
「や、ぁ、ごめ、な、さ……」
怯えきった声が、囁くように同じ言葉を繰り返す。
クロスは唇を噛んだ。
毎晩聞いても、一向に聞き慣れない。
悲痛な叫び。
「ご、め……な……さ……」
真っ白な頬を、彼の手が撫でた。
「……、め……、さ……」
微笑みは、変わらない。
優しく、何度も、宥めるように、彼は頬を撫でる。
「はっ、はぁ、はぁ……」
徐々に緩やかになっていく少年の息遣い。
クロスはモージスを見上げる。
彼は息子の額にそっと口付け、手を離した。
「……、はぁっ、はっ、っ、」
再び乱れ始める音にも、彼は手を出さない。
見かねてクロスは、の背を叩いた。
縋るように伸ばされた手に、自分の服を掴ませる。
再び顔を上げると、彼の黒い瞳がクロスを見ていた。
彼が、眉を下げる。
その目に、じわりと涙が盛り上がった。
ぐ、と強く奥歯を噛み締めた表情。
唇が震え、何かを訴えるように、僅かに開いた。
「……モージス……」
頬を伝った雫を、クロスは茫然と見つめた。
クロスは、目を開けた。
カーテンの隙間から、月明かりが差し込んでいる。
腕の中から聞こえる嗚咽。
周りを見回しても、誰も居ない。
「(……夢、か)」
この小さな頬を宥めてくれる腕は、もう、無い。
「(……夢、か……)」
クロスは自分の鼓動に合わせて、弟子の背中を軽く叩いた。
(主人公10歳)
110429