燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
08.臨場感 【タイトル:Hiver様<感情>より 】
「こ、のクソガキさっきから……っ! イカサマしてんじゃねぇぞ!」
隣の席の男が、拳を振り上げた。
怒号が酒場の空気を揺らす。
は思わずびくりと肩を揺らし、椅子の背と自分の背をくっ付けた。
「いかさま?」
何の事かと疑問に思ったのは一瞬、真横に座る師に、引き寄せられる。
「馬鹿言え、こいつはさっき、生まれて初めてカードを見たんだぞ」
「師匠、いかさまって、何?」
「ズルしたって事だ」
こっそり尋ねると、耳許で答えが返ってきた。
はむっとして男を見つめた。
「僕、ズルなんてしてない!」
「嘘つけガキんちょ!」
「そうだそうだ! アンタが横から指図してたんだろ!」
男の一人が、立ち上がってクロスを指差す。
「って、やべ!」
と、その袖口から、数枚のカードが零れ出た。
黒の騎士と、同じく黒の女王。
何という名称かは忘れたが、どちらも同じマークだ。
「(何でそんな所に?)」
は、零れたカードを凝視し、次いで男を見上げた。
見れば、カードを零した男だけではない。
他の男達も、顔色を変えたり、眉を上下させたり、視線を右往左往させたりしている。
隣から、フ、と鼻で笑う音がした。
を引き寄せた腕が離れ、ワイングラスを掴む。
クロスが長い脚を組み直し、椅子にふんぞり返った。
「おいおい……誰がイカサマしたって?」
テーブルには、紙幣も硬貨も入り交じった山が出来ている。
男達が置いていった、否、クロスが置いていかせた、彼らの有り金だ。
結局あの後、全員がイカサマを画策していたことが分かった。
ルールも、カードの種類さえ知らなかっただけが、完全にフェアだったのだ。
「しっかしお前は……何で毎回、同じカードばっか出せるんだ」
は首を傾げる。
「そーゆーものなんじゃないの?」
「んな訳あるか馬鹿。あんなに混ぜたんだぞ」
有り得ない事が起きたのだと、酒場に居た誰もが口にしていた。
思い出し、ふと不安に駆られた。
クロスの顔色を窺う。
「……駄目、だった……?」
「いいや」
師は機嫌好く笑い、の頭を撫でた。
「あれでいい」
顔が熱くなる。
――褒められた
嬉しい。
嬉しい、嬉しい。
「えへへ」
日が昇っている、今だけは。
この空気に浸っていてもいいだろうか。
「ほら、好きな物頼め」
「いいの!? じゃあ……アップルパイください!」
「しょうがねぇなぁ。坊主! 特別に作ってやるから、ちょっと待ってろよ」
「はーい!」
パイを作ってくれる店主の手先を、はわくわくして見つめた。
師が自分に向けている優しい笑顔には、気付かなかった。
(主人公10歳)
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