燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
07.大声 【タイトル:Hiver様<言葉>より 】
隣を歩いていたが、突然立ち止まった。
クロスの団服を握る手に、ぐっと力が篭る。
フードを外してやると、彼は瞼を下ろし、次の瞬間、目を瞠って斜め後ろを振り向いた。
「やれるか」
呟くように聞けば、金髪は応えを返さずに、団服から手を離した。
マントに似た彼のコートが翻り、軽い足音が風のように駆けていく。
人混みが割れた。
その先にただ一人、否、四人もの、動かない人影がある。
「(よく気付いたな)」
クロスでさえ、彼が振り向いた方向に注意を向けて初めて、その存在に気付いたというのに。
「福音」を再び覚醒させる前の彼は、フードを外していれば空気の全てを掌握出来た。
それが今では、まるで神の言葉を聞いたかのように、フードの有無を問わずに気配を読む。
向かう先、あれは、
――AKUMA
走りながら、が漆黒の銃を構えた。
射程圏内。
アクマが視線を動かした。
直後、が唐突に走る向きを変えた。
舌打ちを溢して、クロス自らも「断罪者」に手を掛ける。
転換を始めたアクマが見つけたのは、地面を転がるオレンジを追う一人の少女。
金色のツインテール
が、少女の元に駆ける。
アクマの、鎌のような形をした手が、彼の背に伸びる。
ぱっと振り返る黄金。
漆黒の銃口から放たれた弾丸が、アクマを掠め、その傷口に小さな炎を走らせる。
匿われた少女は、目を見開いたまま動かない。
アクマ達が、二人に砲口を向けた。
「!」
クロスは思わず叫んだ。
立て続けに、四発の銃声。
四度の爆発音。
アクマの破片が、小さな火の粉を抱いて地面に落ちる。
少女の泣き声。
少女を呼ぶ母親の声。
人垣から起こる、戸惑いのざわめき。
「何が起こった」
「アレは何だ」
「あの子供は、何者だ」
中心で、両手に銃を構えていたが、ふ、と体の力を抜いた。
腕を下ろし、残骸を見つめている。
クロスは先程彼が作った道を歩いた。
「坊っちゃん」
少女の母親が、娘を抱いてへ顔を向けた。
涙でぐしゃぐしゃになった顔が、笑みを形作る。
「娘を助けてくれて、ありがとう。ありがとうね」
クロスは歩みを止めた。
が顔を上げる。
引き結ばれた唇。
力が篭って震える瞼。
まだ目立たない喉仏が、上下に動いた。
「無事で、良かったです」
にっこりと、彼が、微笑んだ。
「お前は。怪我は、無いか」
小さな首肯。
クロスはそれに頷き返した。
引き寄せて、軽く肩を叩く。
俯いた黄金を、ゆっくり撫でた。
壊したアクマへも、守った少女へも、右手の銃へも。
天の神へも。
叫び出したい程の想いを、抱いていただろうに。
「よくやった」
笑わなくても、よかったのに。
「……悔しかったな」
弟子は右手に漆黒を携え、左手で団服を強く握り締めた。
(主人公10歳)
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