燔祭の羊
<ハンサイノヒツジ>
06.monochrome 【タイトル:Hiver様<色>より 】
視界いっぱいの、橙色。
体に衝撃を感じて、はっ、と目を開けた。
人の声が聞こえる。
「どうした、大丈夫か」
答えようとしても、声が出てこない。
薄い空気。
――ここは、どこ?
仄暗い背景に、白い仮面が見える。
「、オレが分かるか?」
誰だっけ。
そうだ、おじさん。
父さんが連れてきた、父さんの、トモダチ。
――違う
違う。
だって、世界がこんなにも色褪せている。
父さんは、幸せな世界のヒト。
おじさんは、幸せな世界の登場人物。
だから、この世界の、この人は。
「……し、しょ、う……」
色褪せた世界のクロス・マリアンが、大きく頷いた。
彼の瞳が、どこか柔らかな形を描く。
いつの間に流したのか、頬の涙を拭われた。
ようやく自分が寝ていたことを思い出す。
此処は、旅の途中の宿屋だ。
「眠れそうなら、もう一度寝ろ。まだ夜中だ」
傍にいるからな。
額をゆっくりと撫でられる。
言葉通り、傍らの温もりは、きっと、ずっと離れないでいてくれる。
「(でもね、おじさん)」
目を閉じるのが、怖いんだ。
――ねむるのが、こわいんだ
クロスのコートを摘まんで、早足の彼を追う。
くらりと揺れた視界。
は頭を振って、息を吐いた。
何かにぶつかって、少しだけ顔を上げると、迷惑そうな女性が目に入った。
足早に通りすぎた彼女が、何色の服を着ていたのか。
分からない。
今日の空の色が何色なのか、覚えていない。
フードの中から見る世界は、いつも、どこも同じ印象だった。
けれど本当は、世界は色に溢れているのだと、は知っている。
「(ぼくが、みていないだけ)」
見る気が、無いだけ。
見たくない、ただ、それだけ。
幸せな世界の記憶が、薄れていくのが怖いだけ。
夢に見るあの世界は、あんなに恐ろしいのに。
思い出すのも、怖いのに。
忘れたくないから。
忘れてはいけないから。
「(めを、そむけていただけ)」
僕の記憶を、書き換えないで。
書き加えないで。
もう何も見たくない。
聞きたくない。
僕は。
僕は。
「、行くぞ」
それでも。
この人に、迷惑は掛けられない。
「……うん……」
白と黒の濃淡で出来た、虚ろな世界の中。
ただ一つ、鮮やかな赤が翻った。
(主人公9歳)
110422