燔祭の羊  
   <ハンサイノヒツジ>  









03.幸せの青い鳥 【タイトル:Hiver様<動植物>より 】









満ちるのは、虚ろな気配。



――いって、らっしゃい



自分が場を離れた時の、あの不安げな瞳は何処にも無い。
公園の中央、時計の下で、少年は佇んでいた。
軽く上げられた右腕には、白い小鳥。
いつものフードは、既に外れている。
それでも彼は、まるで気にしていないように、鳥に顔を寄せたのだった。

「……師匠」

静かな声が、空気を渡る。
けれど鳥は驚く風もなく、彼の腕に身を任せていた。

「鳥は、何を願って空を飛ぶの?」

彼の呟きは、いつも唐突に始まる。

「自分で十字を作って、空に縛られて、天に立ち向かって」

心の奥底で、何を思って問いを掛けるのかは分からない。
自分にとっても喪ったものの存在は大きかった。
少年の世話をすることで、辛うじてその事実を意識の底に沈めているように。
そして、彼にとって喪ったもの、世界の存在は大きすぎた。

「そこまでして望むことが、あるの?」

きっと少年は、探しているのだ。
理由を。
果たすべき、その役割を。
何の為に生かされ、誰の為に生きるのか。

「どうせ、……神様に、堕とされるのに」

自分の世界が何故、神に見放されたのか。

「願ったって、何も、叶わないのに」

彼はふ、と空へ手を伸ばした。
その動きに従って、白い鳥は羽を広げ、空へ羽ばたいた。
クロスは少年へと、ゆっくり歩を進める。
公園を包む空気は、いつの間にか重く、暗く、垂れ込めようとしていた。

「……僕の祈りは、足りなかったのかな」

「僕が、もっと、ちゃんと」

「……僕が、いけないんだ」
「そんな馬鹿なことがあるか」

小さな肩を抱く。
震えることも忘れた体は、力なく項垂れた。

「お前は何も、悪くない」
「じゃあ、どうして。……どうして、僕の世界は、壊されたの」

答えを返せなかったクロスの代わりに、空から舞い戻る白い小鳥。

「……僕が、……僕の、……」

鳥は、クロスを遮るように少年の肩に留まった。

「……僕の、せいだ……」








(主人公9歳)

110213